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9.少年は眼鏡になった

 私達は、問答無用でセンさんを連れ出しました。

 抵抗を封じる為、彼の体は未だ芋虫状態のまま。

 縛り直すのも面倒ですが、歩かせる為に足の拘束だけを解き。

 逃亡防止の為、まぁちゃんが腰に縄を巻いて端を握りました。

「犬の散歩気分」

「噛み付くぞ」

 従順とは言えない犬芋虫を連れて、私達は目的の人物を捜しました。

「いつもなら、孤児院の方だよね」

「いや、今日は多分第三演習場の方だ」

「そうなの?」

「今日は月五回の、予備役部隊の訓練日だからな。それも全体演習だったから、確実に演習場だ」

「今から行って大丈夫かな…まぁちゃんがいるから大丈夫か」

「流れ弾が来たら弾いてやるよ」

「あんたら、何の話をしてるんだ…?」

 話が分からないでいるセンさんを、取り敢えず引きずっていきます。

 取り敢えず暴走されたら面倒なので、事実はギリギリになってから伝えようと思いました。

 今回も、混乱させて畳み掛ける作戦です。←酷い

 だって、彼の大事な親友とやらの現状が…


 少し、ワンクッション置いてみましょう。

 彼が少しでもショックを受けないように、話を振ってみます。

「センさんの大事な親友さんって、どんなお子さんでした?」

「なんだ、突然」

「そこまで親友に偲んでもらえる少年がどんな子だったのか、純粋な興味です」

「仕方ないな…」

 口では渋々という勿体振った様子を装っています。

 しかし、口の端が微妙に上がっているのは隠せませんよ。

 どうやら今は亡き親友自慢(笑)をしたくてならない様子。

 これはきっと語り出したら長いなと思いつつ。

 覚悟して話を振りました。

「俺の親友はな、それは気だてが良くて。争い事は嫌いな穏やかな奴だったけど、ここぞと言う時は誰よりも芯の強い奴だった。動物と音楽が好きで、よく小鳥やリスを餌付けしてたもんだ。それを女々しい、女っぽいってからかう奴を俺が撃退してたんだぜ? そうしたら逆に暴力はいけないって説教されてなー…あん時はなんで俺が責められるのかって腹が立って喧嘩したもんだ」

「そうですかー、そうなんですか(棒読み)」

「………美しい友情だな」

 どうしよう。どうしましょう。

 私とまぁちゃんは、急遽目で互いの焦りを伝え合います。

 本当に、どうしようですよ。


 センさんの語るトリストさん像と、現在のトリストさんが違いすぎて気まずくなりました。


 話を聞いていて、違う人間かと思いましたよ。

 何割かはセンさんの妄想も含まれているのかも知れませんが…

 気だてが良い? 争いが嫌いで穏やか…?

 更には動物と音楽が好き…?

 やっぱり、別人かも知れない。

 いや、でも、そんなことはないはずです。

 しかしあまりのギャップに、センさん壊れないかな…?

 心にゆとりを作るはずが、復って心配要素が増えてしまいました…。

 これ以上はもう無駄な口を叩くまいと、私達は口を閉ざします。

 ご機嫌饒舌に大人しくてしっかりした少年という過去の幻想を語り続けるセンさん。

 彼を放置して、私達はひたすら黙々歩き続けました。


 そうして、とうとう到着しちゃった魔族の軍の第三演習場。

 つまりはただっ広く何もない荒れ地。

 馬やら何やらに踏みしめられた地面には、ぺんぺん草すら生えていない。

 魔境のぺんぺん草、凄いガッツがあるのに。

 だけど此処には、ぺんぺん草の代わりにいるはずなのです。

 トリスト・ゼルンク……リス君、が。

 

 何故ならリス君は、センさんが何より憎む魔族の、予備役兵に籍を置いているのですから。


 目の前では、本物の合戦さながらに争い合う赤と黒の兵士達。

 迫力の戦場風景にセンさんの体が強張ります。

 しかし彼の体は芋虫のように縛られ、何をすることもできず。

 何故此処に連れてきたのかと、私達に疑惑の目を向けます。

 この広い、演習場。

 入り乱れる赤と黒の兵士達。

 この中に…

 私達はセンさんが取り乱さないよう、しっかりとした口調で言いました。


「此処に、貴方の親友がいます」


「………は?」

 意味が分からず、飲み込めなかったのでしょう。

 センさんはぽかんと間抜け面になっていました。

 だけどいることに間違いはないのです。

 論より証拠と話題の人物を召喚すべく、目をこらして演習場の中から目的の人を探しました。

 あの人()の戦闘スタイル、結構目立つから探せばすぐですよ。

「あ、いたいた」

「ん? どこにいた」

「ほら、あっち」

「ああ、本当だ」

 目印は、今日もド派手なヒョウ柄です。


 まぁちゃんは、魔王命令によって即座に故人(笑)を召喚してくれました。


 のそ、のそ、と大きな足が歩く。

 なめらかで艶っとした毛皮に覆われた、太い足。

 どこからどう見ても、ネコ科肉食獣。

 名前はフィンサ、豹の獣人さんです。

「もぉちゃーん!」

 だけど渾名は『もぉちゃん』…。

 名付けた犯人は、幼い日の私です。

 小さい頃の私は、斑点模様の生き物は全部牛の仲間だと思っていたようです…。

 ごめんなさい…小さな私に牛呼ばわりされて諦めた、もぉちゃん。


 目の前に迫ったのは、標準サイズよりも三、四割ほど大きな豹でした。

 体の至る所に金属板で武装を取り付け、武器を隠す。

 その背中に、問題のトリスト…リス君が乗っています。

 豹のフィンサ(もぉちゃん)と、人間のトリスト(リス君)。

 魔族の軍でも、魔族以外からの志願兵でなる混合部隊。

 かつてそこでバリカンと呼ばれた二人。←由来は謎

 彼らはもう十年くらいずっと組んでいる、コンビなのです。

 

 私達の前に、豹に乗ったまま進み出るリス君。

 その瞳は、常時同じ。

 標準装備で、『冷たい視線』を宿していた。


 センさん曰く、穏やかで優しくて気だての良い(以下略)。

 しかし私の目の前にいるのは、それとは全く別の青年です。

 髪の扱いは無造作で、中途半端に前髪が長く。

 隙間から覗く瞳は、眼光鋭く目つきも鋭く。

 いつもむっつりと口を引き結び、今日も今日とて不機嫌顔。

 だけど、これが彼の標準装備。

 キラリと光る細いフレームの眼鏡。

 顰め面のせいで、賢そうな印象よりも意地悪そうな印象になっています。

 …ねえ、これの何処が穏やかで優しくて(以下略)なの?


 あまりの様変わりぶりに、センさんは成長した親友が誰か、本気で分からないようでした。


 困惑とか、不安とか、疑問とか。

 後ろ向きによくわからない空気が漂っていて。

 本気で展開について行けていないセンさん。

 そしてなんで呼び出されたのか分かっていないリス君。

 場の雰囲気はすこぶる下がっています。

 それを無理矢理盛り上げるように、私は声を張り上げました。


「それでぇはっ 感動のご対面でぇす!!」


「「…は?」」

 かつての親友同士の声が、綺麗に重なりました。

 流石、別離して長くても親友。

 何か二人の根底に共通するものでもあるのでしょうか。

 呼吸が、物凄くぴったりでした。


「リス君、リス君」

「………なに」

「こちら、センチェス・カルダモンさんです! ご存知かも知れませんけれど!

殺された親友トリスト・ゼルンクさんの敵を討とうと魔族に復讐を誓う剣士さんです」

「ふぅん…? ……俺、死んだの?」

 眉をしかめて不快そうにリス君。

 相変わらず、テンションが低い。

 昔はもう少し、感情表現が豊かだったのにね。

 今だって、ほら。

 こんなに傑作なセンさんの顔を見ても、何の反応も…

「…ぶふっ」

 反応は、視野に入れていなかった人から来ました。

 何とはなしにセンさんの顔を見て、もぉちゃんが噴き出します。

 そのまま、リス君を背中に乗せているというのに腹を抱えて笑い出しました。

 もう、大爆笑です。

 どう…っと地面に倒れ込む勢い。

 その様に、嫌そうな顔のリス君は、巻き込まれないようにひらりと豹から飛び降りました。

 お陰で間一髪、転倒に巻き込まれずに済んだようです。

「げほっ げほ…げはっ ぐはははははっ ひぃぃいあはははははははっ」

「もぉ太、笑いすぎ」

「アレ見て笑わない方がどうかしてるよっ!?」

 抗議しながらも、豹は地面をのたうち回る。

 武装、したまんまなのに痛くないのかな…。

「豹が喋った……って、待て! 俺の顔か!? お前等、人の顔に何した!!」

 もぉちゃんの反応で気付いてしまったらしいセンさん。

 自分のお顔をぺたぺた触っても、落書きは手じゃ分からないんじゃないかな?

 あ、顔料の感触でわかるかな。

 道々、目撃した人達も必死に目をそらして笑いを堪えてくれたのに。

 ああ、もうバレちゃった。

「どんなことになってるんだ、俺の顔!?」

 さあ、その疑問にはみんなで答えてあげよう。

 彼の顔はどんなことになっている?

「素敵なことに」

「有り得ないことに」

「中々見られない見事な…っ ぶふぅっくくくっ」

「同情したい有様になってるよ」

「どうなってるんだぁぁぁぁああああっ!!」

 嘆きの叫びに、休憩中だった他の兵士さんが此方を向いて。

 そして。

 

 私とまぁちゃんの合作は、演習場に笑いの渦を巻き起こした。




 哀れに思った兵士さんの一人が、笑いながら鏡を出してあげて。

 立ちつくす、センさん。

「ひ、人の顔に落書きって、ガキか…っ」

 言いつつも、本人も呼吸困難に陥っていた。


 笑いに過呼吸、それどころじゃない。

 そんな瀕死のセンさんに、私はさらっと言いました。

 簡単に、前振りにもぉちゃんのことを紹介してから。

 本日の、真打ち大本命。

 幸いにも笑わないリス君を、センさんの眼前に押し出して。


「言い忘れてましたけど、こちらはトリスト・ゼルンクさん。

北方エムエス出身のお兄さん二十五歳です」

 

 ひゅっ、と音を立てて。

 センさんの呼吸が、時を止めた。





センさんの精神に総合1700のダメージ!

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