斯道七瀬の暗澹
斯道七瀬は苛ついていた。
身につけていた腕時計を見ると時刻は14時を回っている。遅い。もうすでに一時間は同じ場所に立っている。
彼は人を待っている。顔だけならともかく、名前すらしらない人物を、だ。だがしかし、それらしき人物は見あたらない。規律や規則を重んじている七瀬にとって、時間に遅れてくるのは許しがたいものがあった。プライベートだったら五分も待たせるものなら足早にその場を去り、今後一切そいつとは連絡を絶つだろう。しかし、これは仕事だった。
<つつじヶ丘駅の改札前、13時に今後お前の相棒となる人物と合流してもらう>
上司から命令だ。昨日の晩、ホテルに止まっていた時に急に入ったメールでの連絡だった。
唐突な内容にメールを見た時に一瞬戸惑ったが、上からの命令には否定的な内容でなくとも意見はできない。ただ、内容を確認したことを簡潔に返信するだけだった。
食い下がって何か意見した方がよかったか?
季節は冬。ただでさえ寒いのに七瀬の服装はスーツだけで、上に他の防寒着は身につけていない。彼は車で移動することが多く、外へ出る機会が少ない。だから特に厚着をすることもなかったが、今回は裏目に出てしまったようだ。車は遠くに止めてしまっているし、店に入ってしまっては待ち合わせの人物を見逃してしまう。だからここにいるしかほかない。大した寒さではなかったが、それでも長時間その場にいると流石に冷えてくる。
散々な一日だ。今日は本当についてない。
苛立ちがさらに募っていく。
「くそっ……だいたい相棒ってなんだ……」
七瀬は仕事を始めてこのかた相棒などというものを持ったことがない。いつも一人で行ってきた。それでここ5年間、何も不備はなく、不始末もなかった。なのに、なぜ今頃?
七瀬の仕事は実力主義が重んじられているので、きちんとこなせるのならば一人でも他のものへの協力をあおいでも構わないものだった。
今回の上への命令には釈然としない。この仕事の原理に背いて動いているからだ。
「やばいぞ! 逃げろっ!」
突然、大声が七瀬の近くから響き渡る。 何事かと思い、目を向ける。
見ると、一台の大型バンが七瀬の50m先にあったレンタルDVDショップに突っ込んでいた。そして、ガラスの扉が大きな音を立てて辺りに飛び散る。同時に人の悲鳴も響き渡った。同時に車から三人、大柄な覆面をつけた男たちが飛び出してくる。
「……本当、散々な一日だ」
やれやれと頭をかかえる。何とタイミングがわるく、何と不運なことなのだろう。
まぁいい。寒い身体を温めるには丁度いいだろう。七瀬は一つ、深いため息をついて、首を回す。
ただ、この間に相棒とやらが来ない事を祈りながら、彼は歩を進めた。