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■1■

すごく久しぶりです。去年、山形の河原に遊びに行って…

ちょっと病み上がりと思って、軽い気持ちで読んでいただけると幸いです(^^;

■1■


 山形県の山々が連ねる奥地に神沢村という小さな村があった。

 近くを通る国道は幹線道路で車の往来も多いが、一本内側の県道は何時もひっそりと空気までもが止まっているようだった。

 その県道から1キロも走らずに村はある。

 神沢村は県道から折れた山間の道沿いに集落が固まって、山々には棚田が広がって水路の小川がいたるところを流れていた。

 さほど大きくはない沼地が集落の途切れた所にあって、その淵にそって山間を抜けると遠くに滝の音が聞こえる。

 マイナスイオンを含んだ大気が、風にのって緑の香りを運んでくる。

「やけに田舎だな」

 後部座席にいるタケルが、開いた車の窓から匂いを嗅ぐようなしぐさで言う。

「それがいいんだよね」

 助手席の美登ミトが、ハンドルを握る彰夫の口にポッキーを押し込む。

「後ろついてきてる? 離れたら迷うよね」

 タケルの隣に座った涼香すずかは、リアウインドウを振り返って確認した。

 車のガラスには、蒼色の蒼穹と山の緑だけが映り込んでいた。

 車二台で山間を抜ける。


 久保塚彰夫とその友人合わせて6人はみな、隣県のとある有名大学に入って知り合った仲だった。

 ゴールデンウイークの連休を使って、そう遠くはないけれどけっこう遠くに来た感じのする場所。を探してここへ来た。

 ポケットからスマホを取り出したタケルは

「まじかよ。ここいら圏外だぜ」

 運転していない美登と涼香も同時にケイタイを取り出して

「ほんとだぁ」

「ありえなぁい」涼香がケイタイを振ってみせる。

「振ったってかわんねぇから」タケルが笑った。

 黄線の滝『おうせんのたき』という小さな立札を見て、彰夫はハンドルをゆっくりと切る。

 少しデコボコの多い砂利道だった。

 パジェロの大きなタイヤが、砂利を踏みしめて走る。

「後ろ大丈夫?」

 涼香が振り返る。

 後ろについてきている幸樹こうきとヒデの乗った車はいまどき少ないシャコタン…いや車高の低いスポーツカータイプの車だ。

「あ、なんか下擦ってない?」

 失笑する涼香につられて、タケルも振り返る。



 開いた窓から滝の流れる轟音が、林の隙間を縫うような勢いで轟いてきた。

「滝だね」

 彰夫の頭越しに、窓の外を覗き込んで美登がうなった。

 林の隙間からちらりと煙るような飛沫が見えて、同時に草むらの合間に連なる墓石が見える。

「あっ……」

「何?」

 声を上げた美登に彰夫が、性格上、妙に落ち着いたトーンで問いかけた。

「お墓……」

「墓?」

 タケルと涼香も車の右窓の向こうに目を凝らす。

「ないよ」

「もう見えなくなった」

 美登が少し得意げに言う。

 自分だけが見た獲物。

 煙る飛沫に霞む草むらの中には、一目で墓と判る、それ以外の何物でもない古びれた石が並んでいたのだ。

 それは何とも無造作で奇妙な光景だった。


 林の向こう側の滝の音が次第に小さくなってゆく。

 それと同時に林が途切れて広い河原が露わになった。

「おおっ、川じゃん」

 タケルの目が子供のように輝いた。

 さらに草むらが僅かに途切れると、けもの道にも見えるような小道が下っている。

 車で河原には降りられそうになかった。

 その代り、左側に路側帯にも見えるスペースがあったので、二台はそこへ横づけした。

 よく見ると、草に覆われた古びた小屋がある。

 なんの小屋かは判らないが、おそらくは、その小屋を使う主が車を停めるスペースのようだった。

 美登が窓の外を見渡して「ここ、停めて大丈夫かな」

「大丈夫だろ」

 タケルが言って、彰夫がうなずいた。

 


「なんだよ、もう」

 幸樹がフェアレディ―Zの下を覗き込む。

 デコボコ道を走る間に、数回下まわりを擦る音が車内に響いて、持ち主兼運転の彼は気が気でなかった。

「大丈夫だって」

 同乗してきた秀行が、そそくさと車の後ろにまわってハッチバックを開ける。

 パジェロの4人は次々にバーベキュウ用の荷物を車から降ろしていた。

 真っ青の上空にはトンビが舞い、森林の向こうから滝の音に混じってカッコウの鳴き声がする。

 ふと美登が、荷物を運ぶ手を止めて顔を上げた。

 森の中に続く砂利道を、一人の老婆が歩いてきたのだ。

 背中には古びたリュックサックを背負っている。

 美登は笑顔で

「こんにちは」と声をかける。

 人懐っこい彼女は、あまり人見知りをしない。

「あんたら、こんな所に何しに来たんが?」

「あの……バーベキュウしようと思って……」

「こんな山奥で?」

 涼香も手を止めて、美登の横に並ぶと

「学校の友達にいい場所がある。って聞いて。ここ、バーベキュウ大丈夫ですか?」

「なんだか知んねぇけど、大丈夫だべ」

「ゴミとかは、全部きれいに持って帰りますから」

 美登が笑顔を作る。

「そんなのあたりめぇだべや」

 老婆は歩き出しながら

「ただよ、河原の石は持って行ったらいかんよ」

「石?」涼香が首をかしげる。

 彰夫が手を止めて

「石がなんだって?」

 涼香に声をかけた。

「河原の石を持ってっちゃ駄目だって」

「なんで?」

「知らない」

 幸樹がZのハッチバックをゆっくりと閉めながら

「天然石でもあんのかね」

 手に持ったキーレスのボタンを押す。

「天然石って……ヒスイとかアクアマリンとか?」

 涼香が自分の手首に着けたパワーストーンのブレスレットを見せるように手を振る。

「まさか、ないでしょ」

 美登が涼香の肩をたたいて、ケラケラと高揚に満ちた笑い声をあげた。

 老婆の姿は、曲がった道の先に消えていた。



  つづく…





お読みいただき有難う御座います。

せめて暇つぶしになれば幸いです。

連載ですので、最後までお付き合い頂けるとさらに嬉しいですが…(苦笑。

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