地球人症候群
冒険者ギルドの仲間募集板に奇妙な貼り紙があった
【地球の記憶を持つ冒険者へ】
私には、かつて遥か彼方の星系――『地球』のニホン国トウキョウに住んでいた記憶があります。
10年ほど前から、その記憶と、体内に眠るチート能力が覚醒し始めました。
けれど、前世の記憶はあまり幸せではなく、引きずられるように今は無為な放浪生活を送っています。
今となってはただただ懐かしい、地球のたわいない話が出来るパーティーメンバーを募集します。
ラーメン、スシ、カレー、スキヤキ、シャブシャブに心当たりがある方は、ぜひご連絡下さい。
メッセージを待っています。
――冒険者クレア
その奇妙な貼り紙を指さし、底辺冒険者のグスタフとダグラスは大笑いしていた。
酒場の席に戻るなり、安エールを入れたジョッキを叩きつける。
「おい見たかよ! また『地球人症候群』だ。負け犬がまた一匹増えやがった!」
「しかも今度は女だぜ? 絶対メンヘラ処女だわ」
「「ガハハハハ!」」
二人は品性もなく声を揃えて笑い転げた。
彼らの言う『地球人症候群』とは、現実に馴染めない負け犬の若者が、「俺の前世は地球という異世界の大物だった」と変な自慢を始める病気のことだ。
冒険者の新米の中にも地球人症候群は時々現れては、笑い物にされ直ぐにどこかへ消えていった。
底辺冒険者たちにとっては、自分たちよりさらに下の「負け犬」で、マウントを取り大笑いするのが、いつもの流れだった。
しかし、今回ばかりはいつもと事情が違った。
「おいおい、お前ら。一昨日『命の恩人だ』って感謝してた相手に、随分な言い草じゃないか」
賢者シルフィードが呆れた目を向け立っていた。
「……シルフィードの旦那。一昨日の命の恩人って、まさか……」
「そうだよ。お前らが『聖女様』ってあがめてた、あの放浪の聖女の名前がクレアだ」
グスタフとダグラスは、互いに顔を見合わせて驚いた顔をした。
二人は長年の無茶でガタがきていた身体を、一昨日、ほんのわずかなお布施で新品同様に治療してもらったばかりだった。
「な、なんで、あの聖女様がそんな負け犬の世迷言を……?」
「さあね。そんなの僕の知ったことじゃないよ」
シルフィードはひらひらと手を振って立ち去った。
「……おい、ダグラス」
「ああ、グスタフ。考えてることは同じだろ」
二人は声を潜めて身を乗り出した。あの聖女様が真性のメンヘラなら、貼り紙の謎の言葉を記憶して話を合わせればパーティーに入れる。
チートのおこぼれで一攫千金だ。
「俺も昔はトウキョウに住んでた気がする」と嘘をつこうとした二人だったが、隣の席のベテラン冒険者に「やめとけ。もう何人も同じことを試して、勇者ラーメンにウィッチシャブシャブに戦士カレーと名乗り、聖女に追い返された。これ以上ギルドの恥を増やすな」と忠告され、がっくりと肩を落とした。
美味い話はそう簡単に転がっていない。
――しかし、事態は予想外の形で動き出す。
翌日の夕暮れ時、二人がギルドの受け付けで報酬を受け取っている時だった。
酒場のコーナーから、賢者シルフィードと、フードを深く被った聖女クレアが、何か話し合いながら出てきた。
「……本当に、そんな場所があるんですか? シルフィード様」
「ああ、間違いいない。以前僕をその店に招待してくれた大物から、君への『紹介状』も預かっている。君の言う『スキヤキ』も『シャブシャブ』も再現され、会員たちには完璧じゃないけど美味しいという評判だった」
「素晴らしいわ……! 早速地球食堂へ行きましょう♪」
昨日までの憂いを含んだ表情はどこへやら、クレアは目を輝かせ、弾むような足取りで出て行ってしまった。
残されたグスタフとダグラスは、「スキヤキにシャブシャブは人名じゃなかったんだな」と呆然とその背中を見送るしかなかった。
「……なあ、ダグラス。地球食堂ってなんだ?」
「さあな。だけど…俺達は入れないような高級会員制のレストランなんだろ」
結局、自分たちにはいつもの安物のエールが似合っている。そうやって二人が自嘲気味にやけ酒をあおり始めた、その時だった。
「――おい、そこのクソ底辺どもッ!!」
酒場コーナーの扉が乱暴に蹴破られ、一人の男が飛び込んできた。
グスタフたちが普段からバカにし倒している、冒険者の『地球人症候群』の男だ。
男は狂わんばかりに髪を掻きむしり、充血した目で二人を指さした。
「お前ら……俺をバカにするだけじゃ飽き足らず、高潔で慈悲深い聖女様まで『メンヘラ処女』と罵って笑い物にしたそうだな! 断じて許さん!!」
実はこの男、さきほど意気揚々と聖女に接触したものの、全然話が噛み合わず、バカ丁寧に断られ、メンタルが粉々に砕け散った直後だったのだ。その絶望の矛先が、昨日聖女の悪口を言っていたグスタフたちに向いた。完全なる八つ当たりである。
「違うんだ! 誤解だ! 落ち着けって!」
「問答無用! 死ねぇぇぇッ!」
ガシャーン!! と激しい音を立ててテーブルが粉砕され、酒場は一瞬にして大混乱に陥った。
しかし周囲の冒険者たちは、待ってましたとばかりに大爆笑で男をけしかける。
「やっちまえ! 地球の王様の怒りを見せてやれ!」
「クズタフとダメラス!地球人になんて負けるなよ(笑)」
酔っ払ったハンデもあり2対1の大激戦の末、三人はギルドの椅子にテーブル、床や壁を破壊し、頭から血を流し揃ってのびてしまった。
――翌朝。
グスタフはギルドの冷たい床の上で目を覚ました。隣ではダグラスが白目を剥いている。
しかし不思議なことに、折れたはずの骨も身体も痛まない。
「飲みすぎて悪い夢でも見たのかな……」
「いいえ。現実ですよ、お二人さん」
頭上から冷や水を浴びせるようにギルドの女性職員の声が響いた。見上げると、信じられないほど分厚い束の『請求書』が突きつけられる。
「あなた方が破壊したギルドの修理費と、営業補償損害金。合わせて金貨五十枚になります」
「「ご、五十枚ぃぃぃッ!?」」
二人は跳び起きて絶体絶命の悲鳴をあげた。
「あ、あれはあの地球人症候群のキチガイ男のせいだ! せめて三分の一はあいつに払わせろ!」
女性職員はあきれながら応えた。
「あの男性の分なら、もう支払い済みです。今朝がたお戻りになった聖女様が、『私の貼り紙のせいで彼に辛い思いをさせた』と、彼の分の損害金をすべて笑顔で肩代わりして行かれました。さらに、あなた方のそのピンピンした身体……聖女様が無料で治療してくださったんですよ」
「でもよう、あまりにも高すぎないか? もうちょっと負からないか?」とダグラスは目を伏せながらゴニョゴニョとこぼした。
女性職員は大きく息を吐き出すと「 これ以上甘えるつもりなんですか!?恥を知りなさい!恥を!」 とピシャリ。
「「う、うぐっ……」」
二人は完全に言葉を失い、金貨五十枚という絶望的な額の請求書を手に、ガックリとうなだれるしかなかった。
――それから、わずか数ヶ月後のことである。
ギルドの酒場で、グスタフとダグラスは相変わらず安物のエールをすすりながら、ちびちびと借金を返す日々を送っていた。
そんな二人の横を、ピカピカの真新しい装備に身を包んだ男が、好き好きオーラ全開のふたりの美少女を引き連れ颯爽と通り過ぎていく。
「おい、見ろよ……あいつ、また昇級だってよ」
「信じられねえ……ついこないだまで、俺たちより下で『前世は地球の王様(笑)』ってバカにされてた、あの地球人症候群のキチガイ男が、あっという間に『B級冒険者』かよ……」
二人は遠い目で、眩しすぎるかつての「負け犬」を見送った。
実はあの乱闘の翌朝、聖女が男を不憫に思って施した身体能力強化バフは半年経ってもまだ効いているようだった。
そのチート級の加護を得た男は、ダンジョンに潜るたびにバケモノじみた成果を叩き出し、一気にエリートの階段を駆け上がり。
若手女冒険者の間で人気がうなぎ登り。
男の問題は全てランクアップが解消した。
「……おい、グスタフ」
「……言うな、ダグラス。あいつをバカにしてたツケが、こんな形で返ってくるとはな……」
二人に残されたのは、健康な身体と、金貨五十枚の重い借金だけ。
地球人症候群の男は二度と地球とは口にしなくなり、そしてグスタフとダグラスは男が通るたび目立たないよう小さくなる有様だった。




