右警戒しろ
「カナエ速すぎ……はぁ……はぁ……」
リンが通路から飛び出してきた。
膝に手をついて、肩で息をしている。
「あ……」
俺を見て、リンの顔が固まった。
「カナエ殿……」
ガロも続いて現れた。アオイも。
三人の目が、血まみれの俺を見ていた。
「ミオ、大丈夫。大丈夫だから」
背中に縋りつくミオの腕をそっと解いて、みんなの方を向いた。
笑え。笑っとけ。
「間一髪、間に合ったぜ。はは」
声が引きつった。
「……鞘」
アオイが差し出してきた。
「さんきゅー。鞘投げちまってたな……」
受け取った。
刀を収める。
カッ。
入らない。
カッ。
なんでだ。クソッ。手が震えてる。
カッ——スッ。
あ、入った。
……ふぅ。
ん?
頭を撫でられてる。
見上げると、アオイの手だった。
表情は変わらない。いつも通りの無表情。
「なんだよアオイ」
笑顔で言った。ぎこちないか。
ガロが正面に立った。
デカい影が俺を覆う。
「カナエ殿」
「うわっ——」
引き寄せられた。
ガロの腕が、俺の体を丸ごと包み込んだ。防具の硬い感触と、その奥のあったかさ。
「武士でござる」
いや武士ってなんだよ。
……馬鹿。泣きそうになるだろ。
ほんと優しいよな、お前ら。
ありがとう。
ガロの胸の中で、一度だけ深く息を吸った。
背中を叩いた。ガロが離れる。
後ろから、服を摘まれた。
「カナエちゃん……」
振り返った。
ミオが俯いていた。栗色の癖っ毛が顔にかかっている。
「ありがとう」
「気にすんな。大したことじゃないって」
俺は答えた。
「あ、みんな紹介するよ」
ミオの肩をそっと押して、前に出した。
「MIOって書いてミオだ」
ミオが背筋を伸ばした。
目が赤い。鼻も赤い。でも、ちゃんと前を向いた。
「ミオです。危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」
深く、頭を下げた。
「リンだよ、よろしくね!」
リンが手を挙げた。
「ガロでござる」
「……アオイ」
「とにかく……無事でよかったよ!」
リンがミオの手を取った。
ミオが少し驚いた顔をして、それから笑った。
「カナエ殿の嫁さんでござるな?」
「は!? いやそういうんじゃねって——」
「……はいはいリア充乙」
アオイが配信コメントを読み上げた。抑揚のない声。
絶対選んだだろ、それ。
「ちょっとみんなのとこ……いってくるね」
ミオが静かに言った。
全員の声が止まった。
ミオが、仲間の遺体の方へ駆けていった。
……泣いてるかな。
ちょっとそっとしといてやるか。
遠くから見ていた。
ミオは膝をつき、胸の前で両手を握って、俯いていた。
肩が小さく震えていた。声は聞こえない。
……俺も、ちゃんとしなきゃな。
視線を動かした。
斬った奴らが、倒れたまま転がっている。
ちゃんと見なきゃ。
目を逸らしちゃ駄目だ。
理由はわからない。でも、そう思った。
「手伝うでござる」
ガロが横に立っていた。
「……さんきゅ」
一人ずつ、部屋の隅に運んだ。
丁寧に寝かせた。目を閉じさせた。
人の体って、こんなに重いんだな。
てかヒーラーの子、見覚えがある気がする……。
結構有名なソロ配信者だった。
コラボだったのかな。
ミオの仲間も、隣に並べた。
ここじゃ、これが限界だ。
ごめんな。
「んじゃ……一緒に進むからいいよな?」
みんなに声をかけた。
「もち!」
リンが即答した。
「当然でござる」
ガロが頷いた。
アオイは無言で親指を立てた。
ミオが仲間の前から立ち上がった。
目が赤い。頬に涙の跡がある。でも、泣き止んでいた。
俺たちの方に歩いてきて、立ち止まった。
全員の顔を、一人ずつ見た。
「……あの、私ドジだし、回復遅いし、足引っ張ってしまうかも…」
俯きかけて——でも顔を上げた。
「でも、皆さんの力になれるように全力で頑張ります」
皆が笑った。アオイは親指で応えた。
「よっしゃ、いこうぜ」
俺たちはダンジョンの奥へ進み始めた。
――――
「ミオ殿は刀も扱うでござるか?」
ガロがミオの腰に目をやった。小さな脇差が下がっている。
「はい、小さい頃からずっと剣道してたので」
「でも、これはお守りのつもりで持ってました」
「なるほど、カナエ殿の剣術道場でござるな」
「はいー——」
「ミオ、タメでいーって」
俺は遮り言った。
「そうそう! 楽にしなよ!」
リンが横から被せた。
「う、うん……」
ミオが小さく頷いた。まだぎこちない。
「ミオ殿も仲間でござるよ」
ガロが穏やかに言った。
「ありがとう……」
照れてるけど、嬉しそうだな。
前髪の隙間から見える目が、少しだけ柔らかくなってた。
「そいや、どっか……ログでなかったか?」
「あんまり見れてないけど、蒼天の翼のキルログは出てたよ」
リンが目線を上に向けながら言った。
蒼天の翼か……。そこそこの攻略パーティだな。
ダンジョン中層まで結構進んでたはずだから、同じくらいの中堅を倒したってことか。
「……ね」
アオイが配信画面を見つめながら呟いた。
「ん? どうした?」
「……なんか変」
俺も画面を覗き込んだ。
同接の数字が動いていた。
さっきまで100ちょっとだったのが——8000。まだ増えてる。
コメントが速い。速すぎる。
断片だけ目に入った。
『は?推し斬ったのこいつ?』
『オワコンのくせに調子乗んな』
『通報した』
『企画にしてもやりすぎだろ』
『グロ注意って書けや』
『同接乞食かよ』
アンチ増えちまったな……。
有名配信者だったもんな。あのヒーラーの子。
ファンからすりゃ、推しがグロく斬られる映像を見せられたわけだ。
企画だと思ってても、そりゃキレるよな。
「カナエ……大丈夫?」
ミオが不安そうに覗き込んできた。
「ん、まあ……アンチなんていつものことだって」
嘘だった。この量はいつものことじゃない。
コメントの濁流が流れ続ける。
罵倒、煽り、通報宣言。目が滑る。読む気が失せる。
——その中に、妙なコメントが混じっていた。
一回だけなら見逃してた。
でも、同じ文が繰り返されていた。
アンチとは毛色が違う。
罵倒でもない。煽りでもない。
……なんだこれ?
――――
『右警戒しろ』
『グロすぎ無理』
『こいつの道場どこだっけ』
『推しの仇』
『右警戒しろ』
『企画にしてもやりすぎ』
『右警戒しろ』
――――
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