視聴者B②
私はずっと画面の前にいた。
声を上げて泣いて、ティッシュの山を作って、目が腫れるまで泣いた。
配信はまだ続いていた。
ドミネート宇宙のチャンネルは、相変わらず同接が跳ね上がっていた。
怖いもの見たさの人間が集まってる。
キングジョーがふざけて、ぺろりが笑って、人が死んで、また笑う。
あやにゃの笑顔が、脳裏にこびりついて離れなかった。
ピンク色の背景に、四人の笑顔のイラスト。「ましゅまろ女子会♡」
あの画面が、何度も何度もフラッシュバックした。
私にできることは——何もなかった。
ダンジョンには入れない。場所すらわからない。
画面の前に座って、見ていることしかできない。
でも——何もしないのは、もっと無理だった。
だから私は、ドミネート宇宙のアンチ活動を始めた。
やったことは地味だった。
ドミネート宇宙の蛮行をまとめた。時系列順に。証拠の配信キャプチャを添えて。
ダンジョン食堂ポポの殺害。ましゅまろ女子会の虐殺。
その後の蛮行も一つ一つ丁寧に記録した。消させないために。風化させないために。
SNSに投稿した。
掲示板に書き込んだ。
まとめサイトに情報を提供した。
ドミネート宇宙のスポンサー企業のリストを作って、抗議の問い合わせ先を共有した。
同じ気持ちの人がいた。
リプライがついた。引用リポストが回った。同じようにまとめを作ってる人がいた。
『ドミネート宇宙がやったことを絶対に風化させないアカウントです。フォローお願いします』
フォロワーが増えた。百人、千人、一万人。
同じ怒りを持つ人が、こんなにいた。
でも——数字が増えるたびに、虚しさも増えた。
何千人がリポストしても、何万人が怒っても。
ドミネート宇宙はダンジョンの中で笑っている。
人を殺して、強くなって、また殺している。
外からは何もできない。
画面の向こうに手は届かない。
拡散しても。声を上げても。抗議しても。
誰一人、救えなかった。
あやにゃも。探索兵団も。蒼天の翼も。
全部——画面の前で見ていただけだった。
蒼天の翼が全滅した時。
ハルさんの「守れなくて、すまなかった」が画面に映った瞬間、また泣いた。
もう涙なんか枯れたと思ってたのに、いくらでも出てきた。
蒼天のチャンネルが暗転した。
四人のシルエットだけが残った画面を、しばらくぼんやり見つめてた。
もう、見るチャンネルがない。
残ってるのは——ドミネート宇宙と、ラスト侍KANAE。
ドミネートは絶対に見ない。あいつらの声を聞くだけで吐きそうになる。
ラスト侍KANAE。
名前は知ってた。たしか大昔の剣道がコンセプトのチャンネル。
正直——期待なんかしてなかった。
それでもチャンネルを開いた。
他に見るところがなかったから。
カナエが極露詈を斬ったのは、その直後だった。
背後からの一閃。首筋を掻き切って、振り返りもせずに走り抜けた。
一瞬だった。何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
え?
極露詈が——倒れてる。
あのドミネート宇宙の一人が、一撃で。
そしてキングジョーが追いかけてきて——通路で一対一が始まった。
キングジョーの大振りを受け止めた。
押し返した。
腕を斬った。脇腹を刺した。
顔面を掠めた。
喉元に——刃が届きかけた。
キングジョーが、退いた。
「……嘘」
声が出た。
画面に顔を近づけてた。いつの間にか正座してた。
あのキングジョーが退いた。
初めて。誰にも押されなかったあいつが、初めて距離を取った。
この人なら——。
胸の奥で、何かが灯った。
あやにゃの時に消えかけてた、小さな火。
この人なら、勝てるかもしれない。
でも——すぐにそうはならなかった。
仲間ごと貫かれた。
あのタンクの人が、盾が割れても腕が折れても通路を塞いで、最後はしがみついて。
ヒーラーの女の子が、仲間を庇って。
赤い髪のキャスターが、自分ごと爆発して。
一人、また一人と消えていく。
また、画面の前で見ているだけだった。
コメントを打った。
何度も打った。
「『がんばって』」
「『お願い生きて』」
「『カナエさんなら大丈夫』」
「『みんなの分まで』」
届かない。
こんな言葉、何の力にもならない。
画面に映るカナエの顔は、もう見てられないくらいボロボロだった。
目が真っ赤で、唇を噛みしめて。
応援コメントを打つ指が、震えてた。
泣きながら打ってた。
また同じだ。何もできない。画面の前で祈ることしかできない。
あやにゃの時と同じだ。
蒼天の時と同じだ。
無力。
画面には二人だけが映っていた。
カナエと、栗色の髪の女の子。
広い部屋の中央。カナエが横たわっていた。
腹の傷はミオの回復で塞がりかけているが、顔色が悪い。血を流しすぎた。
ミオが両手を光らせて、カナエの腹部に押し当てていた。
表情が必死だった。汗が額を伝っている。
沈黙が長かった。
回復の光だけが、薄暗い部屋をぼんやり照らしていた。
コメントも、少しだけ静かになっていた。
みんな、息を呑んで見守っている。
しばらくして——カナエが口を開いた。
ミオに向かって、何か話していた。
声が小さくて、マイクが拾いきれていない。断片だけが聞こえた。
ミオが頷いていた。
何度も頷いていた。
涙を流しながら。
カナエが起き上がり、ミオの頭に手を置いた。
くしゃくしゃに撫でて。
そのまま——ミオを、引き寄せた。
額と額がくっついた。
二人ともしばらく、動かなかった。
何を話したのか、わからない。
でも——大事な話だったんだと思う。
カナエがミオの肩をそっと離した。
ミオが目を拭いた。
頷いた。もう一度、強く頷いた。
それから——カナエが立ち上がった。
ゆっくりだった。
お腹を押さえて、立ち上がった。
刀を拾った。
鞘を腰に差した。
そして——配信カメラの方を、向いた。
正面から。まっすぐ。
カナエが口を開いた。
『みてくれてる皆さん』
コメントが一瞬、止まった。
カナエが正面から、頭を下げた。
『お願いします』
深く。額が画面から消えるほど深く。
『俺に力を貸してください』
『やってほしいことがあります』
カナエが顔を上げた。
『——』
聞き終わった瞬間、私は椅子から立ち上がっていた。
指が震えてた。
でも——あやにゃの時とは違う震え方だった。
これは、できる。
これなら、私にもできる。
画面の前にいる人間にしか、できないことだ。
コメントを打った。
「『わかりました。任せてください。絶対にやります』」
涙が落ちてキーボードを濡らした。
構わなかった。
やっと——やっと、何かできる。
――――
『カナエ……』
『頭下げた……初めて……』
『お願いしますって……』
『カナエ、任せろ……』
『絶対やる……絶対やってやる……』
『みんな聞いたな????????』
『聞いた!!!!!!!!!!!!』
『拡散しろ!!!全配信全掲示板全SNSに拡散しろ!!!!!!』
『やるぞ……やるぞ!!!!!!!!!!!!!!』
『画面の前から、あいつを勝たせる!!!!!!!!』
――――
全員聞いたな????カナエの作戦に全力で乗るぞ 拡散しろ 全配信全掲示板全SNSに拡散しろ #カナエの作戦
♡ 134,200 ↻ 58,400
画面の前からあいつを勝たせる。今度こそ。あやにゃの時は何もできなかった。でも今回は違う。カナエが教えてくれた。私たちにもできることがあるって。 #カナエの作戦
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やっと……やっと画面の前の人間にも意味がある瞬間が来た 頼むぞカナエ 絶対勝て #封鎖ダンジョン #カナエの作戦
♡ 76,800 ↻ 32,100
ドミネート宇宙のアンチ活動ずっとやってきたけど正直何の意味もなかった でも今夜だけは違う 今夜だけは意味がある 絶対にやり遂げる #カナエの作戦
♡ 112,500 ↻ 48,700
蒼天ファンです。ハルさんの分まで全力でやります。 #カナエの作戦
♡ 95,300 ↻ 41,600
ましゅまろ女子会ファンです。皆んなの仇とって欲しいです。ましゅ女ファンの皆全力でやりましょう。ご協力よろしくお願いします。 #カナエの作戦
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探索兵団ファンです。カナエさんに託したいです、このアカウントの探索兵団ファンの皆んな。よろしくお願いします。 #カナエの作戦
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