聖女AOI
私は地味で、友達がいない。
話すのが苦手で、いつもひとりだ。
授業で必要な時以外、誰とも話さずに帰る。
それが普通だった。
教室の窓際の席。チャイムが鳴って、ノートを閉じて、鞄に入れる。
誰にも声をかけず、誰にも声をかけられず、廊下を歩いて靴を履き替える。
真っ白な日々。
何もない。何も起きない。
それでいいと思ってた。
その日も同じだった。
ノートを閉じて、鞄に入れて、席を立つ。
帰るだけ。
そう思っていた。
「突然失礼いたす! 水無瀬殿!」
振り返った。
大きな体の男の子が、深々と頭を下げていた。
岩戸くん。同じクラス。ときどき同じグループ課題をやったことがある。それだけ。
なのに、目がものすごく真剣だった。
「我々の仲間になってくださらんか!」
……仲間?
困惑した。意味がわからなかった。
断ろうとした。
「……ちょっと」
「ちょっとならいいでござるか!? それなら早速紹介するので行くでござる!」
言い切る前に手を引かれた。
大きな手だった。あったかかった。
何が起きているのかわからないまま、廊下を走らされた。
部室のようなところに着いた。
埃っぽくて、狭くて、機材が雑に積まれていた。
中に、黒髪の男の子がいた。目が死んでる。
「お、ガロ。その子は?」
「ちょっと仲間になってくれる子でござる!」
ちょっとって、そういうことじゃないんだけど。
「俺カナエ、よろしくな」
「拙者はガロと名乗ってるでござる!」
「君は?」
二人が私を見た。
まっすぐな目だった。
「……水無瀬アオイ」
「んじゃアオイだな、よろしく!」
全く何のことかわかってなかった。
機材があるから配信?
でも——こんな私を誘ってくれたこと。
それだけで、胸の奥が少しだけあたたかくなった。
真っ白な日々に、小さな色がついた。
その後、リン氏が加入した。
赤い髪。派手で、自信家で、声が大きい。
私とは正反対の人だった。
最初の顔合わせで「あんたヒーラーでしょ、回復よろしくね!」と笑われた。
返事に困って、親指を立てた。
リン氏は少し変な顔をして、それから笑った。
ニックネームもついた。
聖女AOI。
聖女。私が。
冗談みたいだった。でも、嫌じゃなかった。
配信が始まった。
カメラの前に立つのは苦手だった。最初の配信ではひと言も喋れなかった。
コメント欄が『botかよ』で埋まった。
でも、カナエ氏は何も言わなかった。
「アオイはアオイのままでいいだろ」と、画面の外で言ってくれた。
それから少しずつ、できることが増えた。
ヒールのタイミングが合うようになった。
親指を立てるだけで、みんなが笑ってくれるようになった。
コメント欄に「AOI有能」と流れた日は、帰り道でこっそり泣いた。嬉しかったから。
辛いこともあった。
同接が減り続けた時期。コラボを断られた夜。機材が壊れて配信が飛んだ日。
「回復遅くね?」というコメントが何日も頭から消えなかった夜もあった。
でも——楽しかった。
ガロ氏が配信中にカメラを倒して大騒ぎした日。
リン氏の魔法が暴発して全員煤だらけになった日。
カナエ氏が居合を決めた直後に足を滑らせて転んだ日。
私は笑った。声を出して笑った。
自分が声を出して笑えることを、このチャンネルで初めて知った。
言葉にするのは苦手だ。今でも。
でも、皆といる時は心が安らいだ。
この日々が本当に幸せだった。
私の真っ白な世界に、色が増えていった。
ガロ氏の緑色。リン氏の黄色。カナエ氏の赤色。
そして——MIO氏が加入した時、私は感動した。
お嫁さんが来た、と思った。
カナエ氏の目が変わったのがわかった。
戦い方が変わった。声が変わった。
これが愛なんだ、と思った。
愛も、感動も、楽しいも、辛いも。
全部詰まった七色の日々。
眩しいくらい、輝いてた。
ガロ氏、誘ってくれてありがとう。
皆、一緒にいてくれてありがとう。
あとは——私たちの、真っ赤に燃える強いリーダーと、そのお嫁さんが、きっとなんとかしてくれる。
私の旅はここまでだけど。
この輝きは——消させない。
———
キングジョーが雄叫びを上げながら斬りかかってきた。
ガロの体を踏み越えて。剣を振り上げて。
血走った目が、俺を捉えている。
腹の傷が疼く。立てない。刀を構える力が残ってない。
終わりか——。
その瞬間。
緑の髪が、視界を横切った。
アオイが——俺の前に立っていた。
両手を広げて。背中で俺を庇って。
「逃げて!!」
アオイが叫んだ。
初めて聞いた。
アオイの叫び声を、初めて聞いた。
いつも「……了解」で、「……よき」で、親指を立てるだけだったアオイが。
声を張って、叫んでいた。
いやだ。
やめろ。
キングジョーの剣が振り下ろされた。
アオイの体を、斬った。
肩口から胸まで。赤い線が走って、血が噴き出した。
アオイの体がぐらりと傾いた。
「アオイ!!!!!」
叫んだ。喉が裂けそうだった。
アオイが——振り返った。
血まみれの顔。緑の髪が赤く染まっていた。
でも——表情が、あった。
笑ってた。
初めて見る、はっきりとした笑顔だった。
声を出して笑えることを知ったあの日と、同じ顔だったのかもしれない。
親指を、立てた。
力が、抜けていくのが見えた。
膝が折れて、ゆっくりと——崩れ落ちた。
緑の髪が石畳に広がった。
いやだ。
お前まで、いなくなるのか。
視界が滲んだ。何も見えない。何も考えられない。
腕に、力がかかった。
ミオだ。
俺の腕を自分の肩に回して、腰をしっかり掴んだ。
小さな体で、俺の体を引き起こした。
「立って。カナエちゃん」
ミオの声は震えていなかった。
力強く俺の腰を引いて、退路へ歩き始めた。
一歩。また一歩。引きずるように。
「逃げんなコラァ!!」
キングジョーの怒号が背中に叩きつけられた。
足音が迫る。
「こっち向けぇー!!!」
リンの声が響いた。
叫び声だった。今まで聞いたことがないほどの、腹の底からの声。
ドンッ!
火球が着弾する音。
キングジョーの足が止まった。
「あっちいやろが! 殺すぞこんあまぁ!!」
バチバチ。
音がした。弾けるような、焦げるような音。
振り返った。見えた。
リンの全身から、赤い光が漏れていた。
魔力が体の中で暴れてる。制御を放棄してる。わざと。
体の奥で魔力を掻き回してる。
キャスターが制御を手放したらどうなるか——爆発する。
そんなこと、リンが一番わかってるはずだ。
自爆する気だ。
やめろ……お前もいくのかよ。
足が止まりそうになった。
振り返りそうになった。
ミオが、俺の腰を引いた。
強く。小さな手で。前に。ただ前に。
「カナエ!!」
リンの声だ。
背中に届いた。
「コイツ殺してよね——約束なんだから!!」
声が裏返ってた。
泣いてた。笑ってた。
「これが数字の取れる魔法だ——バーカ」
ドォォォォォン!!
後方で爆発が起きた。
熱風が背中を叩いた。通路が揺れた。粉塵が舞い上がって視界を白く染めた。
キングジョーとぺろりの悲鳴が聞こえた。
ミオが俺を引きずり続けた。
一歩も止まらなかった。
前が見えない。涙が止まらない。
ガロ。
アオイ。
リン。
全員の顔が、暗闇の中で浮かんでは消えた。
わかった。
任せろ。
殺す。
すぐ殺す。
絶対殺す。
絶対——絶対ぶっ殺す。
――――
『アオイ……』
『初めて叫んだ……アオイが……』
『最後に笑ってた……親指立ててた……』
『もう無理泣きすぎて画面見えない』
『リン……リン……』
『数字の取れる魔法……』
『バーカって……最後までリンだった……』
『爆発すげえ……通路ごと崩れてる……』
『キングとぺろり生きてんのか??』
『悲鳴聞こえたから生きてる……たぶん……』
『カナエとミオだけ……もう2人だけ……』
『頼む……生きてくれ……頼む……』
『ガロもアオイもリンも……全員の分……』
『カナエ……ぶっ殺してくれ……頼む……』
――――
【配信】封鎖ダンジョン総合★201【バトロワ】
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