死なせねえよ
走っていた。
「蒼天が戦ってる」——そのコメントが目に入った瞬間、体が動いていた。
「全員ついてこい! 下層だ!」
通路を駆け抜けながら、頭の中で計算する。
ここから下層まで、全力で走って何分だ。
構造がわかってない区画がほとんど。迂回させられたら……。
間に合うのか。
「カナエ、蒼天の配信見てる人がコメントに実況流してくれてる!」
リンが走りながら叫んだ。
配信画面を横目で追う。文字の奔流。その中から断片を拾った。
『蒼天最初は押してた』
『キングジョーに斬りつけた!血出てる!』
『分断成功してる!蒼天の連携すげえ!』
いける——蒼天なら。
ハルの判断力と、あの連携なら。
足を速めた。階段を二段飛ばしで駆け下りる。
松明の灯りが視界を横切っていく。影が揺れる。壁が流れる。
通路を曲がった直後、コメントの空気が変わった。
『キングジョー本気出した』
『ハルの攻撃全部止められてる』
『火力が違いすぎる』
『蒼天の氷壁30秒で破壊された』
『レベル差えぐい……』
『タンクの盾割られた!!』
『嘘だろ……』
『頼むから逃げてくれ……』
『ハルさん……ハルさん……』
嘘だろ……。
蒼天が押されてる。あの蒼天の翼が。
ハルの連携を、力任せに粉砕してる。
完全に見誤ってた。
ドミネート宇宙のキル数——食ったパーティの数。冷静に数えれば分かったはずだ。
あいつらはもう、技術や戦術でどうにかなるレベルにいない。
純粋な暴力の塊だ。
俺たちは——せめて近くにいるべきだった。
蒼天と共闘すれば、数で押せたかもしれない。漁夫でもいい。消耗したところを叩けたかもしれない。
なのに入口付近でのんびり救助を待ってた。
判断が甘かった。くそっ。
足を速める。
もう少し。もう少しで下層に——
【 KILL 】ドミネート宇宙 → 蒼天の翼
赤い文字が、配信画面の端に張り付いた。
数秒で消えた。
足が、止まった。
「嘘……」
リンの声が背中で聞こえた。
蒼天の翼が——全滅した。
間に合わなかった。
何ひとつ、間に合わなかった。
立ち止まって振り返った。
全員、肩で息をしていた。リンが膝に手をついている。ガロも盾を支えに体を預けていた。
「カナエ、やすもう」
リンの声だった。
「これ以上走ったら体力が持たない。もし鉢合わせたら終わりだよ」
……そうだ。その通りだ。
消耗した状態であいつらと当たったら、蒼天の二の舞だ。
「……ああ。ここで一旦休もう」
――――
ダンジョン中層。やや広い横穴を見つけて、身を寄せた。
松明が一本だけ壁に刺さっていて、薄暗い橙色の光が五人の影を揺らしていた。
俺たちは座り込んで、配信画面を見ていた。
コメントが洪水のように流れている。
蒼天の翼のチャンネルが落ちて、行き場をなくした視聴者たちが押し寄せてきていた。
『蒼天のチャンネルから来ました』
『ハルさんの分まで頼む……』
『もうここしかない……』
『カナエ、お前しかいないんだよ……』
『ドミネートを止めてくれ……頼む……』
同接の数字が跳ね上がっていた。
もう数えたくもないような桁に達している。
『ドミネート宇宙のキル数やばい』
『もう20超えてるだろ』
『レベル差どうすんだよ……』
『無理だろ普通に考えて……』
『それでもカナエしかいない』
『頼む……』
ドミネートのキル数。二十以上。
対して俺は——九。ゆめふわまでの合計。ミオの一キル入れて十か。
単純なレベル差で倍以上。
数字だけ見りゃ、勝ち目なんかない。
蒼天を潰した連中に、どうやって……。
沈黙が重かった。
誰も口を開けない。松明の炎が揺れる音だけが、やけにはっきり聞こえた。
「……あーあ」
リンが声を出した。
壁に背を預けて、天井を見上げていた。
赤い髪が石壁に広がっている。目が松明の灯りを反射して、濡れていた。
「なんで続けてたんだろうね、このチャンネル」
独り言みたいだった。
「数字は落ちてくし、企画は滑るし。魔法ブッパ系なんて他にいくらでもいるのに」
笑った。泣きそうな笑い方だった。
「同接1000でさ、そのうち半分は私目当てで、残り半分はカナエの居合のネタ目当て。ガロの固定ファンが50人くらいいて、アオイは……アオイはよくわかんない層がいたよね」
「……コアなファン」
アオイが訂正した。
リンが噴き出した。目尻から涙がこぼれた。
「コアって自分で言う?」
「……事実」
「覚えてるでござるか、初めてBランクダンジョンに挑んだ時」
ガロが静かに言った。
「全員やられて帰ってきて、カナエ殿がカメラの前で土下座して『すんません、リベンジします』って」
「あー……あったな」
思い出した。ボロボロで這うように帰還して、同接の前で頭下げたんだ。
恥ずかしいだけの配信だった。
「あの後、登録者がちょっと増えたんだよね」
リンが鼻を啜りながら言った。
「謝ってる姿が誠実だって。そんなの見たことないって」
「……負けてもいい配信者」
アオイが呟いた。
「はぁ? 褒めてんのかそれ」
「……褒めてる」
それから、誰からともなく口が開いた。
ガロが話した。機材トラブルで配信が飛んだ日、手持ちのスマホで急遽やったゲリラ配信が過去最高の同接を叩き出したこと。カメラの画質が最悪で、コメントが「画質ゲロ」で埋まったこと。
アオイが話した。唯一バズった切り抜きが、自分がモンスターに踏まれて「……痛い」と一言だけ呟いた三秒の動画だったこと。再生数だけ異常に回って、本人は未だに理由がわからないこと。
リンが話した。コラボ企画を持ちかけた相手に「数字が足りない」と断られた夜、四人で安い焼肉を食べに行ったこと。カナエが「肉があれば大丈夫」と言いながら半泣きだったこと。
「半泣きじゃねえし。煙が目に染みただけだっつの」
「嘘つけ、鼻水出てたくせに」
リンが笑った。今度はちゃんと笑えてた。
「楽しかったな……」
リンが静かに呟いた。
数字は伸びなかった。企画は滑った。大型配信者に数字で勝てたことなんか一度もない。
それでも——楽しかった。
下手くそなりに、必死にやって、笑って、たまに泣いて。
安い機材と安い焼肉と、こいつらがいた。
それだけで、十分すぎた。
つかなんだよ、このお通夜みてぇな空気
ふざけんな……考えるんだ、勝つ方法を。
負けてたまるかよ
「……なぁ」
声を出した。
四人の目がこっちを向いた。
「バーカ。何死亡フラグ立ててんだよ」
リンの目が見開かれた。
「死なせねえよ、全員」
声が、自分で思ったより真っ直ぐ出た。
「お前らがいなくなったら、いよいよ正真正銘のオワコン侍じゃねーか」
リンの目から、涙がこぼれた。
声が詰まって、何か言おうとして、言えなくて、唇を噛んだ。
「いや、でも……」
「みんな」
ミオの声だった。
全員が振り返った。
ミオが正面を向いていた。膝の上で拳を握って、背筋を伸ばして。
「がんばろ。まだ、終わってないよ」
静かだけど、はっきりした声だった。
「そゆこと」
俺はミオに目を向けて、頷いた。
沈黙が数秒。
松明の炎が揺れた。
「……がんばる」
リンが袖で目を拭いた。赤い髪がくしゃくしゃになった。
鼻を啜って、顔を上げた。
「がんばる。絶対、帰るんだから」
「……よき」
アオイが親指を立てた。
いつも通りの無表情。でも、親指がいつもより力強かった。
「もちろんでござる! 最後まで戦い抜いて、勝って、全員で帰る所存!」
ガロが立ち上がった。拳を胸に当てた。
デカい体が、松明の灯りで更にデカく見えた。
「よし。んじゃ——作戦がある」
全員の目が集まった。
「移動しながら伝える。ついてきてくれるよな?」
立ち上がった。刀の柄を握り直した。手汗はあった。震えは——止まってた。
「もちろん!」
四つの声が重なった。
俺たちは歩き出した。
ダンジョンの奥へ。暗い通路へ。
松明の灯りを背に、五つの影が揺れながら進んでいく。
――――
声が響いた。
遠くから。だが、よく通る声。
「おんなー! おんなはいねーかー!」
――――
『ハルさんの最後の言葉忘れない』
『カナエのとこに来ました。蒼天ファンです。頼む……』
『探索兵団のタンクのこと忘れないでくれ……』
『ドミネートのキル数もう異常だろ』
『レベル差どうすんだよマジで……』
『リンちゃん泣いてる……こっちも泣く……』
『ガロの「全員で帰る」で号泣した』
『カナエ……お前しかいない……』
『頼む……みんな生きてくれ……』
『おんなーって聞こえたんだが』
『キングジョーの声だ……』
『来る……来るぞ……』
『カナエ!!!!!!!!!!』
――――
【配信】封鎖ダンジョン総合★165【バトロワ】
【悲報】蒼天の翼、ドミネート宇宙により全滅
【追悼】蒼天の翼ファン総合★12
【速報】残り2パーティ、カナエ vs ドミネート宇宙
ラスト侍KANAE応援スレ ★28
ドミネート宇宙だけは絶対に許すな ★11
MIOちゃんを守る会 ★14
【絶望】レベル差2倍以上、勝ち目あるのか
【議論】カナエの居合はドミネートに通じるか Part.3
赤月リンちゃんの魔法まとめ&切り抜きスレ ★8
聖女AOIとかいう隠れ有能ヒーラー ★8
GAROの盾についてガチ考察するスレ ★6
【考察】魔王の正体と目的を考えるスレ Part.21
ぺろりアンチスレ ★4
キングジョーを許すな ★3
【実況】キングジョーの声がダンジョンに響いた模様
ハルさんの「すまなかった」で泣いた奴の数→★3




