朝霧 叶
——ガキの頃、俺は弱かった。
体も小さかったし、気も弱かった。
学校じゃ何も言い返せなくて、いつも俯いてた。
「おい朝霧、お前んち剣術道場なんだろ? やってみろよ」
「できねーのかよ、ダッセ」
ランドセルをぶちまけられた。
教科書が廊下に散らばった。
拾おうとしたら、踏まれた。
何も言えなかった。
「——何やってんの」
声がした。
振り返ると、栗色の髪の女の子が立っていた。
白石澪。隣の家の子。
「やめなよ」
ミオは俺の前に立った。
小さい体。でも、背筋が真っ直ぐだった。
「はぁ? お前関係ねーだろ」
「関係あるよ。友達だもん」
睨んでた。
相手の方がデカいのに、一歩も引かなかった。
「うっざ。行こうぜ」
舌打ちして、そいつらは去っていった。
「カナエちゃん、大丈夫?」
振り返ったミオは、もう笑ってた。
さっきまで睨んでた顔と同じ人間とは思えない。
「……うん」
「教科書、拾お?」
しゃがんで、散らばったページを丁寧に集めてくれた。
いつもそうだった。
俺が泣きそうになると、ミオが前に立った。
俺が俯くと、ミオが手を引いた。
道場でも一緒だった。
じいちゃんの素振りを隣で真似して、俺より先に型を覚えて、俺より先にじいちゃんに褒められた。
悔しかったけど、嫌じゃなかった。
ミオが笑ってると、なんか安心した。
ミオの家は、うちの隣だった。
両親は共働きで、ミオは放課後よくうちに来てた。
母さんが好きだったんだと思う。
「おばさん、おばさん」って懐いて、台所で一緒に飯作ってた。
母さんもミオのことを本当の娘みたいに可愛がってた。
春になると、ミオの両親とうちとで花見に行った。
ちょっと遠い公園で、丘の上にブランコがあった。
桜がすごくて、ミオがはしゃいで、母さんたちが笑ってて、じいちゃんが黙って酒飲んでた。
あの頃は——全部、普通だった。
ミオの両親が死んだのは、小学四年の冬だった。
交通事故。即死。
朝、学校に行って、帰ってきたら「ミオちゃんのお父さんとお母さんがね」と母さんに言われた。
意味がわからなかった。
昨日まで普通に「おはよう」って言ってた人が、もういない。
それが全然、頭に入ってこなかった。
ミオは泣かなかった。
葬式でも、その後でも。
ただ、笑わなくなった。
親戚に引き取られることになった。
隣町だった。
「ミオ、また遊ぼうな」
引っ越しの日、俺はそれだけ言った。
ミオは頷いた。
笑おうとしてた。口の端がかすかに上がって、でもすぐに戻った。
それから、ミオはたまにうちに来た。
親戚の家に馴染めなかったんだと思う。
学校帰りにふらっと道場に現れて、母さんの隣に座って、黙ってた。
母さんは何も聞かなかった。
ただお茶を出して、隣にいた。
ミオはそれで少しずつ、また笑うようになった。
母さんが倒れたのは、翌年の夏だった。
病名は覚えてない。覚えたくなかった。
入院して、痩せて、髪が抜けて、声が小さくなって。
じいちゃんは何も言わなかった。
道場で素振りをする回数が増えた。
夜中に一人で振ってる音が、俺の部屋まで聞こえた。
秋に、母さんは死んだ。
じいちゃんが泣いてるのを、初めて見た。
でっかい背中が震えてた。
俺はその背中を見て、ようやく泣いた。
しばらくは何もできなかった。
でも、じいちゃんが道場を開け続けた。俺もそれに合わせて素振りを再開した。
少しずつ、生活が戻り始めてた。
ミオはその間も来てくれてた。
何も言わずに道場の隅に座って、俺たちを見てた。
——ある日、ミオが来なくなった。
最初は気づかなかった。
来ない日もあるかくらいに思ってた。
でも一週間経っても来なかった。
さすがにおかしい。親戚に電話した。
「澪ちゃん? 昨日から帰ってきてないんです。学校にも行ってなくて——」
血の気が引いた。
じいちゃんと二人で探した。
学校。公園。図書館。ミオが好きだった河原。
全部、いなかった。
日が暮れ始めた。
オレンジ色の空が、やけに綺麗で、腹が立った。
全部回った。もう思いつく場所がない。
じいちゃんも黙ってた。二人とも、足が重くなっていた。
——桜。
道端の、もう散りかけた桜の木が目に入った。
一瞬、記憶が弾けた。
あの公園。
花見に行った、ちょっと遠いあの公園。丘の上のブランコ。
まさかな。あそこは遠い。子供の足で行ける距離じゃない。
でも——ミオなら。
「じいちゃん、あと一ヶ所だけ」
走った。
息が切れても走った。
公園が見えた。
丘を駆け上がった。
夕陽がブランコの影を長く伸ばしていた。
いた。
ブランコに座ってた。
揺れてなかった。ただ座って、足元を見てた。
小さかった。
こんなに小さかったっけ。
「ミオ!」
叫んだ。走った。
ブランコの前で止まった。息が切れて、膝に手をついた。
ミオが顔を上げた。
目が虚ろだった。泣いた跡があった。
「なんで……」
声が震えた。涙が出てきた。
「なんでいなくなっちゃうんだよ」
ミオは俺を見てた。
長い沈黙だった。
「……私がいると、みんな死んじゃうから」
小さな声だった。
「お父さんも、お母さんも。おばさんも」
俺の母さんのことだ。
「カナエちゃんにも、おじいちゃんにも……死んでほしくないの」
「だから、いなくなった方がいいかなって」
頭が真っ白になった。
怒りとも悲しみとも違う、わけのわからない感情が胸の中で爆発した。
「ふざけんなよ!」
叫んでた。
「お前がいなくなったら——」
言葉が詰まった。うまく出てこない。
鼻水が垂れた。涙で前が見えない。
「俺が困るだろ!!」
それだけだった。
気の利いたことなんか言えなかった。
ガキだったし、語彙なんかなかった。
でも、本当のことだった。
こいつがいないと、困る。
理由なんかわかんない。でも、困るんだ。
ミオの目が、少しだけ揺れた。
虚ろだった瞳に、何かが戻った気がした。
「……困る?」
「困る。めちゃくちゃ困る」
泣きながら答えた。
ミオの目から、涙が落ちた。
せき止めてたものが、全部溢れたみたいに。
「……ごめんね」
小さな声だった。
「ごめんね、カナエちゃん」
ブランコから降りて、俺の前に立った。
泣いてた。鼻水も出てた。
二人とも、ぐちゃぐちゃだった。
後ろから、じいちゃんの足音が聞こえた。
走ってきたんだろう。息が切れてた。
じいちゃんは何も言わなかった。
でっかい手で、俺とミオの頭を一緒に撫でた。
帰り道、三人で歩いた。
ミオはじいちゃんの右手を握って、俺は左手を握った。
夕陽が沈みかけてた。影が三つ、長く伸びてた。
それから——ミオはうちに来た。
親戚の家じゃなくて、道場に。
じいちゃんが何か話をつけたんだと思う。
詳しいことは聞いてない。
ミオの部屋は、母さんの部屋だった場所になった。
じいちゃんが布団を干して、カーテンを新しいのに替えて、小さい花瓶を置いた。
ミオは「ありがとう」と言って、泣いた。
——腕の中の震えが、止まっていた。
顔を覗き込んだ。
ミオの目は閉じていた。眠ってる。
あの日ブランコで泣いてた顔と、重なった。
守るって決めたのは——あの時だ。
もう絶対に、いなくならせない。
そっと体を離して、壁に預けた。
「……カナエ」
リンの声。静かだった。
「少し、休も」
「……ああ」
――――
『ミオちゃん寝た……』
『カナエの顔よ……』
『てかこの二人付き合ってないの嘘だろ』
――――
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