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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

刻印 ――闇よりも暗く――

作者: 藤井 周
掲載日:2026/02/06

『刻印――夜よりも深く――』(31エピソード完結)アナザーストーリーです。

真夜中の静けさの中で、加湿器の音だけがかすかに聞こえる。


間接照明の仄暗い中、閉じた瞼の長い睫毛、高い鼻梁、キスを求めるような形の唇は端が窪んで口角が上がっている。

怜――。

俺の、恋人。

裸でまどろんでいる怜の顔を見ながら、遼一はそっとベッドを抜け出した。

喉が渇いている。

キッチンの灯りはつけず、冷蔵庫から取り出した冷たいビールをあおる。

疲れきった体に染み渡った。


「なに勝手に起きちゃってんの?」

眠ってはいなかったのか、いつのまにか怜が後ろから遼一を抱きしめる。抱きついて左右に揺さぶる。

遼一は下半身にバスタオルを巻きつけただけで、今にもずり落ちそうだ。

「ビール」

遼一がビールを掲げて見せると、

「ホント、遼ちゃん()ってビールばっかりなんだな」

怜が呆れたように笑う。

「コーヒーもあるけど」

「お腹空いた」

言うと、上半身を冷蔵庫の奥に突っ込んで、何やら細長い瓶詰めを見つけ、

「これ、食べていい?」

怜はジャム瓶を遼一に振って見せた。


リリコがマンションの合い鍵といっしょに置いていった、瓶入りのストロベリー・ジャム。

何かしら意味があるのか、リリコのことだから単なる気まぐれか。

遼一が繭子と結婚を考えた交際を始めることになってから音信不通になっている。

電話もLINEも通じない。

風のように過ぎ去っていった女。

ただ、風ではなかった証拠にジャムを残していった。


「そんなんじゃ腹の足しにならないだろ? 何か食うんならデリバリーでも頼む? ピザとか?」

遼一が言うと、

「いらない」

怜はそっけなく答えた。

ふたりの時間を誰にも邪魔させたくないのだ。たとえそれが配達員だとしても。


怜はキッチンからジャムとスプーンを持ってベッドに戻ると、乱れたベッドから枕やクッションを集め、背もたれにして座り込んだ。

遼一が新しいビールを手にベッドに腰を下ろす。

ぽん。

未開封のジャム瓶の金属の蓋は軽やかな音を立てて空いた。

部屋にイチゴの新鮮な香りが広がる。

「いい匂い、これ絶対うまいやつだよね」

怜はスプーンでイチゴの果肉をすくい、口に運ぶ。噛むたびに、イチゴの香りが漂う。

こぼれた真っ赤なジャムが唇の端から垂れる。吸血鬼の口から滴る血のようだ。

もうひと口、口に含むと遼一の唇に口を押し当ててきた。

ストロベリー・ジャムの味の粘っこいキス。舌と舌がからみあう。

そうして、ジャムのついた怜の唇が遼一の下半身を包み込んだ。

遼一の手が怜の頭を気怠げに撫でている。


怜の体はもうすっかり遼一に馴染んでいた。

1か月のロンドンでのレコーディングから帰国して、はじめてふたりは結ばれた。

少しの苦痛と怖れのあと、快楽へたどりつくまで時間はそうかからなかった。

そこには闇よりも暗い、ふたりだけの世界が広がっていた。

本当の罪の深さを怜は知らないままに――。


繭子との交際は順調だが、結婚することになっても、このマンションは仕事用として借り続けるつもりだった。ありがたいことに繭子は遼一の仕事には口を挟まない女だ。


その一方で遼一に対する怜の要求は激しくなっていた。

遼一の時間さえあれば自分のものにしていた。遼一のすべてを(むさぼ)りつくすかのように。

そのくせ、翌日に自分の仕事が入っている時はあっさり帰る。

遼一もあえて引き留めようとはしない。

リリコの予言通り、か。


明日は繭子とのデートの約束があるが、おそらくそれをわかっていて、怜が遼一を休ませようとしないのは嫉妬なのか、優越感からなのか。

まあ、どちらでもいい。

背徳の種子は芽吹き、すでに花を咲かせてしまったのだから。

怜のしたいようにさせるまでだ。


「イチゴ味・・・だった」

怜が猫のような目で見上げ、含み笑いで言った。



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