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第9話 文書の往復


 指定した日時ちょうどに、文書は届いた。


 送信者名は表示されない。

 制度側の仕様だ。個人識別番号のみが、淡々と記されている。


 私は端末を開き、内容を確認する。

 文面は予想より短かった。


 「記録が保留されている理由を知りたい」

 「問題がないとされている点と、保留が継続している点の両立が理解できない」


 感情語は一切ない。

 問いの形をしているが、抗議でも弁明でもなかった。理解を要求している。


 私はすぐに返信しない。

 文書対応は、即時性を求められない。むしろ遅延が前提だ。


 記録簿を参照する。

 該当ページには、これまでと同じ二本線。

 「特に問題なし」の判断が出た日付と、保留移行の処理番号。


 理由欄は空白。

 正確には、「記載不要」と注記されている。


 制度は、説明しないことで成立する部分がある。

 だが、文書が往復するとき、その前提は揺らぐ。


 私は返信欄を開いた。

 説明文のテンプレートを呼び出すこともできる。

 だが、それを使えば、相手の問いには届かない。


 しばらく考え、テンプレートを閉じる。


 入力したのは、規則の引用ではなかった。


 「保留は判断の延期であり、否定ではありません」

 「問題の有無と、反応の未処理は別項目です」


 書きながら、自分の文が抽象的であることを自覚する。

 だが、これ以上具体化すれば、例外の形が浮き上がる。


 送信前に一度読み返す。

 不足している。だが、虚偽はない。


 送信すると、状態表示が更新された。

 「回答済み」。


 その日の放課後、二通目が届く。

 想定より早い。


 「反応の未処理とは、何を指すのか」

 「当事者が行動していない場合でも、記録は残るのか」


 問いが、少しだけ踏み込んできている。

 だが、境界はまだ越えていない。


 私は気づく。

 この往復自体が、制度にとっては例外だ。


 通常、当事者は一度で諦める。

 理解できないものとして処理し、日常に戻る。


 だが、この文書は違う。

 行動しなかった理由ではなく、行動しなかった結果を問い続けている。


 私は返信を保留にする。

 今回は、意図的に。


 保留理由の入力欄に、短く記す。


 「説明過多の回避」


 それは制度的な理由であり、私個人の判断でもあった。


 翌日、三通目が届くことはなかった。

 だが、状態表示は変わらない。


 「処理中」。


 文書は止まっている。

 しかし、やり取りが終わったわけではない。


 制度は、言語化された反応を嫌う。

 一度言葉になったものは、消せないからだ。


 私は記録簿に戻り、余白を見つめる。

 ここに何かを書けば、流れは確定する。


 書かないまま閉じると、保留は維持される。


 運用とは、選択ではない。

 どこまで書かないかを決める作業だ。


 端末を閉じ、私は席を立つ。

 次に文書が届くとき、距離はさらに縮まるだろう。


 それでも、対面にはならない。

 まだ、ならない。


 制度が揺れているのではない。

 揺れているのは、私が引いてきた線の方だ。


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