第8話 接近通知
通知は、音を立てなかった。
端末の端に、小さな表示が一つ増えただけだ。
分類は「照会」。
問い合わせではない。確認でもない。接近の予告に近い。
私は席に座ったまま、画面を見つめる。
新しい項目には、個人識別番号が記されていた。例外案件と同一の番号だ。ここまでは想定内だった。
想定外だったのは、形式だ。
通常、照会は制度側から出される。今回は違う。当事者側からの申請だった。
理由欄は簡潔だった。
「記録の扱いについて確認したい」
感情を含まない文章。
だが、含まれていないこと自体が、強度を持っていた。
私は一度、画面を閉じた。
開けば処理が始まる。始まれば、保留は形を変える。今は、その直前に留まる必要があった。
教室では、周囲の音が少し遠い。
黒板の文字は読めるが、頭に残らない。授業は進行しているが、私の内部処理は別の線を引いていた。
昼休み、委員の生徒が声を潜めて言う。
「照会、来た?」
私は肯定も否定もしない。
その反応で、彼女は察したらしい。
「…直接?」
私は頷く。
直接、という言葉はここでは使われないが、意味は共有されている。
「会うの?」
規則上、会う必要はない。
だが、拒否する規則もない。運用の余白が、そのまま残っている。
私は答えを出さないまま、記録室へ向かった。
端末を起動し、照会項目を開く。
応答方法は三つ用意されていた。
――文書回答。
――第三者経由。
――対面説明。
どれも正しい。
どれも、例外を消さない。
私は指を止めた。
対面説明の項目だけ、注意表示が付いている。「推奨されません」。禁止ではない。推奨されないだけだ。
制度は、責任を残す。
選んだ側に。
放課後、校内放送が一度流れた。
内容は関係ない。だが、時間が過ぎたことを知らせるには十分だった。
私は入力欄に、短い文を打つ。
「文書にて対応します。日時指定あり」
日時を指定すること自体が、接近だった。
完全な距離ではない。だが、対面よりは遠い。
送信後、照会の状態が変わる。
「処理中」。
保留とは違う色で表示される。
私は記録簿を開き、該当ページを見る。
二本の線の下に、今日は何も足さない。線を引く代わりに、余白を残す。
余白は、未記入ではない。
次に何かを書く前提としての空間だ。
帰り道、空が少し暗くなっていた。
雨は、まだ降らない。
だが、近づいている。
通知と同じように、静かに。
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