第6話 例外の発生
例外は、突然起きるものではない。
多くの場合、規定の内側で、静かに形を取る。
その日、一覧を開いたとき、私は一行だけ視線を止めた。
表示自体は他と変わらない。色も、文字の大きさも同じだ。ただ、状態欄に付された小さな記号が、前日とは違っていた。
自動補正の通知だった。
通常は、一定期間が経過すると自動で処理区分が移行する。だが、この案件は、移行処理が一度中断され、再計算に回されている。
私は詳細を開いた。
理由欄は、相変わらず空白だった。追記もない。提出者からの連絡も、制度側からの照会も発生していない。
中断の理由は、表示されていなかった。
理由が表示されないこと自体は、仕様の範囲内だ。内部処理の一部は、利用者に開示されない。
私は画面を閉じ、もう一度一覧を確認した。
該当の案件は、確かにそこにある。消えてはいないし、異常として強調もされていない。ただ、流れから一度外れただけだ。
午前の授業中、私は板書を写しながら、その記号の形を思い出していた。
三角でも丸でもない、簡単な線の組み合わせ。意味を持たせるには、情報が足りない。
昼休み、記録室に入ると、同じ委員の生徒が先に来ていた。
彼女は端末の前に立ち、画面を見ている。
「出てる?」
私は頷いた。
「一件」
それ以上は言わない。
彼女も詳しくは聞かなかった。聞けば、規定外の扱いになる。
「珍しいね」
珍しい、という評価は感想に近い。
私は肯定も否定もしなかった。
彼女が席を外したあと、私は該当の案件をもう一度開いた。
処理履歴の欄に、新しい行が一つ増えている。内容は簡潔で、技術的な表現だけが並んでいた。
私はそれを読まずに閉じた。
読む必要はない。結果だけが、業務の対象だ。
午後、顧問の教員が入ってきた。
「自動処理、止まってるのある?」
私は一瞬だけ考え、頷いた。
「一件です」
「原因分かる?」
分からない、という答えは規定外ではない。
私は首を横に振った。
「そう。じゃあ、そのままで」
指示はそれだけだった。
そのまま、という扱いが用意されていることは、制度が成熟している証拠だ。
放課後、記録箱を確認する。
件数は変わっていない。例外が発生しても、全体の数は揺れない。
私は引き出しを開け、紙の記録簿を取り出した。
該当の行に、いつもと同じ細さで線を引く。二重にはしない。一度だけだ。
線は、何かを示すためのものではない。
示さないという選択を、形にするためのものだ。
帰り際、昇降口で委員の生徒とすれ違った。
彼女は何か言おうとして、やめた。最近、その動作が増えている。
外に出ると、風が少し強かった。
雲の動きが速い。だが、空はまだ崩れていない。
例外は、破綻ではない。
規定が、自分自身を調整し始めたというだけだ。
私は歩きながら、あの記号を思い出そうとした。
思い出せないまま、校門を出る。
保留は、続いている。
ただ、流れの中で一度、立ち止まっただけだ。
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