第11話 線の位置
通知音は鳴らなかった。
だが、画面を開いた瞬間に分かる。
状態が変わっている。
「処理段階:最終確認」。
この表示が出るとき、
記録はもう私一人のものではない。
参照中の表示は増えていた。
監査補助区分に加え、別の識別番号が一つ。
運用統括補佐。
決定権を持たない。
だが、決定が妥当かどうかを“見る”役割。
私は席に座ったまま、画面を見つめる。
呼び出しはない。
説明要求も来ない。
それ自体が、圧だった。
「最終確認」とは、判断を迫る工程ではない。
判断がなされたと仮定して、その形を整える段階だ。
私は記録欄を開く。
未入力のまま残っている、一本の行。
《保留継続理由(任意)》。
書かなくても処理は進む。
だが、ここが空白のまま固定されると、
後から誰かが書く可能性が生まれる。
それは避けたい。
私は入力欄にカーソルを置く。
指は動かない。
何を書いても、線になる。
書かなくても、線は引かれる。
違いは、誰の手で引かれたかだ。
教室の外で、足音が止まる。
今度は声はしない。
扉の向こうに誰かがいる。
それだけで十分だった。
私は画面に戻る。
入力したのは、説明でも理由でもない。
制度語として、最も薄い文。
「運用上、現時点での言語化は不要」
送信する。
状態表示が更新される。
「保留継続/理由記載あり」。
参照中の表示が、一つ消える。
次に、もう一つ。
教室の外の気配も、いつの間にか消えていた。
私は端末を閉じる。
息を整える必要はない。
動悸もない。
ただ、線の位置が決まったことだけが分かる。
誰かを否定したわけではない。
何かを守ったとも言えない。
それでも、運用は完了した。
この記録は、しばらく動かない。
動かないことが、結論だ。
私は席を立ち、教室を出る。
廊下は静かだった。
振り返らない。
振り返る必要がないように、線は引かれている。
それが、私の仕事だった。
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