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第10話 第三の視線


 翌朝、端末の通知は静かだった。


 文書の続報はない。

 状態表示も変化していない。


 それ自体は、異常ではない。

 だが、私は別の変化に気づく。


 記録管理画面の右上。

 通常は非表示の欄が、薄く点灯している。


 「参照中」。


 誰かが、この記録を見ている。


 制度側の運用では、記録は単独で扱われる。

 担当者以外が参照するのは、例外だ。


 私はログを開く。

 参照者の識別番号が表示されている。


 見覚えのない番号。

 同じ学校ではない。上位委員会でもない。


 監査補助区分。


 直接介入しないが、判断の妥当性を確認する立場。

 問題があると決まったわけではない。

 だが、「問題がない」と言い切ることも、まだできない。


 私は画面を閉じ、教室を見渡す。

 周囲はいつも通りだ。

 机に伏せる者、雑談する者、何も考えていないような顔。


 この中の誰かが、

 あるいは、もう誰でもいいのかもしれない。


 制度は個人を特定しない。

 特定しないことで、全体を守る。


 昼休み、内部メッセージが届く。

 短い通知だった。


 「当該記録について、追加説明の必要性を検討中」

 「対応は現行運用を優先」


 命令ではない。

 助言でもない。


 観測されている、という事実の提示。


 私は返信しない。

 返信欄を開く必要すらない。


 代わりに、記録簿の別ページを開く。

 過去の類似案件。


 数は少ない。

 ほとんどが、途中で消えている。


 理由は明確だ。

 当事者が沈黙するか、制度が先に線を引く。


 今回は、どちらも起きていない。


 放課後、廊下で足音が止まる。

 教室の外から、声がした。


 「……記録係?」


 呼び名ではない。

 役割で呼ばれること自体は珍しくない。


 だが、声の調子が少し違う。


 扉を開けると、見知らぬ生徒が立っていた。

 制服は同じだが、所属クラスが違う。


 「直接来るのは、推奨されていません」

 私はそう言う。


 彼は頷いた。

 理解していないわけではない。


 「分かってる。ただ——」

 言葉が止まる。


 彼は続けなかった。

 代わりに、手に持っていた端末を見せる。


 画面には、私が書いた文書の一部。

 抽象的で、逃げ道の多い文章。


 「これを書いたの、あなた?」

 問いは確認だった。


 私は肯定もしないし、否定もしない。

 それが制度的な態度だ。


 彼は一歩下がる。

 踏み込み過ぎたことを、自覚したのだろう。


 「……ごめん」

 そう言って、廊下を去る。


 追いかける理由はない。

 引き止める権限もない。


 だが、距離はもう数値化できないほど縮んでいる。


 教室に戻り、端末を閉じる。

 参照表示は、まだ消えていない。


 第三者の視線。

 当事者の沈黙。

 運用者の判断。


 どれも、決定には至っていない。

 だが、重なり始めている。


 制度は、交差点でしか姿を現さない。


 私は席に座り、何もしない。

 今は、それが最も重い操作だった。


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