光と影の誓い
自らの出自と、呪いの真実を知り、私は一度、心を閉ざす。そんな私に、黒焔は彼の全てを語り始めた。百年の孤独、私への想い。光と影、分かたれた魂が再び一つになる時、私たちは本当の意味で、運命を共にする。
水鏡神社の襲撃は、私の心に、深い影を落としていた。私が、黒焔の分かたれた魂の片割れ。私の呪いは、百年前の彼の罪が原因。その事実は、あまりに重く、私の心を縛り付けた。
黒焔は、あれ以来、私にどう接していいか測りかねているようだった。彼の金の瞳には、私への愛情と共に、深い罪悪感の色が浮かんでいた。私たちは、同じ屋根の下にいながら、互いの間に見えない壁ができてしまったかのように、ぎこちない沈黙を重ねていた。
私は、彼の顔を見ることが辛かった。彼を見ると、自分の呪われた運命を突きつけられているようで、胸が痛んだ。私は自室に閉じこもり、誰とも会わずに、ただ膝を抱えていた。あの離れにいた頃と、何も変わらない。いや、真実を知ってしまった今の方が、もっと苦しいかもしれない。
そんなある夜、部屋の障子が、静かに開いた。月明かりを背に、黒焔が立っていた。
「静月」
私は返事をせず、顔を伏せたままだった。彼は、私の隣に静かに座ると、ぽつり、ぽつりと語り始めた。それは、私が今まで知らなかった、彼の百年の物語だった。
「……俺は、元は人間だった」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。
「名もなき山の、小さな社の神官だった。力もなく、ただ、人々が穏やかに暮らせるようにと、祈るだけの日々。そんなある日、都から来た役人たちが、その社を壊し、その下に眠るという『月の涙』を掘り起こそうとした。俺は、それを守るために戦ったが、力及ばず、命を落とした」
彼の声は、淡々としていた。
「だが、死の間際、俺の魂は、暴走した『月の涙』と融合した。神々の呪いを封じ込めたその神器は、俺に強大な力を与え、鬼神として蘇らせた。だが、代償として、俺の魂は二つに裂かれたのだ。力と、破壊衝動を司る『影』の魂と、優しさや、人を愛する心を司る『光』の魂に」
彼は、私をまっすぐに見つめた。
「俺は、『影』の魂を持つ鬼神となった。そして、お前は……。俺が失った、『光』の魂を受け継ぎ、百年後、人間として生を受けた。それが、お前だ、静月」
だから、私たちは惹かれ合ったのか。失った半身を、求めるように。
「俺は、ずっとお前を探していた。百年間、ただ一人で。この世界に、俺と同じ魂を持つ者がいるはずだと信じて。そして、ようやくお前を見つけた時、俺は歓喜した。だが、同時に絶望した。お前が、俺の罪の象徴である、あの忌まшиい呪いを背負っていることを知ってな」
彼の声が、苦しげに震える。
「俺がお前に近づけば、お前は自分の運命を呪うことになる。だが、離れることなど、到底できなかった。俺は、どうしようもなく、お前に惹かれてしまう。お前が、愛おしくて仕方がないのだ」
彼の、魂からの告白。その言葉一つ一つが、私の心の壁を、少しずつ溶かしていく。
「……わたくしも、同じです」
私は、震える声で言った。
「あなたのそばにいると、心が安らぐ。あなたがいない世界など、もう考えられない。たとえ、この呪いがあなたのせいだとしても、わたくしは、あなたを恨むことなどできません。だって……」
私は、彼の頬に、そっと手を伸ばした。
「わたくしたちは、二人で、一つなのですから」
私の言葉に、彼は息を呑んだ。そして、まるで宝物に触れるかのように、私の体を優しく、しかし強く抱きしめた。
「静月……。許してくれるのか。この俺を」
「許すも何もありません。わたくしは、あなたの半身なのですから」
私たちは、どちらからともなく、互いの唇を求めた。それは、以前のような情熱的なものではなく、失われたものを取り戻すような、穏やかで、そして深い、魂の口づけだった。
その瞬間、私たちの体から、眩い光と、深い影が、同時に溢れ出した。光と影は、互いに絡み合い、やがて一つの完全な円を描いて、私たちの周りを旋回した。
私の内なる聖なる力と、彼の持つ強大な妖力。相反する二つの力が、ぶつかり合うことなく、完璧な調和を生み出している。
「これは……」
「俺たちの魂が、再び一つになろうとしている」
私たちは、互いの瞳の中に、自分自身を見た。
しかし、その時だった。黒焔の表情が、苦痛に歪んだ。彼の体から、黒い痣のようなものが、再び浮かび上がってくる。
「ぐっ……! まだだ……。『月の涙』の呪いは、完全には消えていない……!」
私の光の力で、彼の呪いは一時的に浄化されたが、その根は、彼の魂の奥深くに、まだ残っているのだ。そして、私たちの魂が一つになろうとすることで、その呪いが、最後の抵抗を見せている。
「黒焔!」
「案ずるな……。だが、このままでは、俺もお前も、この力の奔流に飲み込まれてしまう」
私たちは、この力を制御する方法を見つけなければならない。そして、彼の呪いを完全に解き放つ方法を。
「水鏡神社……」
私は呟いた。
「彼らは、呪力を制御する術を知っていました。ならば、この力を制御する方法も、そして、あなたの呪いを解く方法も、知っているはずです」
「だが、奴らがおとなしく教えるとは思えん」
「それでも、行くしかありません。今度は、わたくしが、あなたの隣に立って、戦います。鬼神の半身として、ではなく。一人の女、静月として」
私の瞳に宿る、揺るぎない決意を見て、黒焔は、力強く頷いた。
「ああ。行こう、静月。俺たちの、運命を奪い返しに」
私たちの手は、固く、固く結ばれていた。もはや、二人を分かつものは何もない。光と影は、共に歩み始める。たとえ、その先に、どれほどの困難が待ち受けていようとも。