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水鏡の刺客と暴かれた過去

穏やかな日々は、私を連れ戻しに来た水鏡神社の刺客によって破られた。明かされる私の呪いの真実と、黒焔の過去。私たちが背負う因縁は、あまりにも深く、そして悲しい。戦いの中、私は初めて自分の意志で力を使う!穏やかな日々は、私を連れ戻しに来た水鏡神社の刺客によって破られた。明かされる私の呪いの真実と、黒焔の過去。私たちが背負う因縁は、あまりにも深く、そして悲しい。戦いの中、私は初めて自分の意志で力を使う!

黒焔との口づけは、私の心に甘い熱を残したと同時に、私を縛っていた見えない鎖を、一つ断ち切ったようだった。私はもう、ただ守られているだけの呪われた巫女ではない。この鬼神の隣に立つ、一人の女なのだと。そんな淡い自覚が芽生え始めた矢先、私たちの穏やかな日常は、最も暴力的な形で引き裂かれた。

その日、屋敷の周囲を取り囲む霧が、不自然に揺らいだ。黒焔が眉をひそめ、立ち上がる。


「……来たか。しつこい蝿どもめ」


屋敷の結界が、外からの強力な術によって、激しく震えている。やがて、耳をつんざくような破壊音と共に、結界の一部が破られた。庭に、次々と白い狩衣の集団が姿を現す。先日、祭りで遭遇した陰陽師たちだ。しかし、その数も、放つ気配の強さも、前回の比ではなかった。そして、その中心に立っていたのは、見覚えのある人物だった。


「兄様……」


私の兄、水鏡みかがみ 静馬しずま。かつて私のせいで足に癒えぬ傷を負い、以来、私を憎み続けているはずの兄。彼は、杖を突きながらも、冷徹な瞳で私を見据えていた。


「静月。神社の『至宝』が、鬼などに誑かされ、このような場所にいるとは嘆かわしい。さあ、我らと共に帰るぞ」


「嫌です! わたくしは、もうあの牢獄へは戻りません!」


私のきっぱりとした拒絶に、静馬の表情が歪んだ。


「……まだ、自分の立場を理解しておらんようだな。ならば、教えてやろう。お前のその呪いが、一体何のためにあるのかを」


静馬は、懐から一枚の古い札を取り出した。そして、詠唱を始める。すると、私の体から、黒い靄のようなものが立ち上り始めた。それは、私の呪いの力そのものだった。しかし、いつもと違う。その靄は、私の意志とは関係なく、静馬の持つ札へと吸い寄せられていく。


「ぐっ……あ……!」


全身から力が抜けていくような、耐え難い苦痛。


「静月!」


黒焔が私を庇おうと前に出るが、それを他の陰陽師たちが術式の鎖で阻む。


「無駄だ、鬼神よ。それは、我ら水鏡の一族にしか扱えぬ『呪力制御の術』。我らは、その娘から呪いを抽出し、武器として使うことができるのだ。彼女は、生まれながらにして、我らが神社のための、生きた呪具なのだよ!」


静馬は、私の苦しみに歪む顔を見て、愉悦に唇を歪めた。


「そして、お前がその呪いを持って生まれた理由もな。――鬼神よ、お前は忘れたか? 百年前に、お前が我らが神社から奪い、そして喰らった『月の涙』と呼ばれる神器のことを」


『月の涙』。その言葉を聞いた瞬間、黒焔の表情が初めて、驚愕と、そして深い苦悩に染まった。


「……なぜ、お前がそれを……」


「ようやく思い出したか。あの神器は、神々の呪いを封じ込めた危険な代物だった。お前はそれを喰らい、強大な力を得たが、同時に、その身に神々の呪いを宿した。その呪いが、巡り巡って、お前の最も近くにいた魂――当時、まだ生まれてもいなかった、お前の転生体であるこの娘に、『触れた者を不幸にする』という形で、色濃く現れたのだ!」


転生体? 私が、黒焔の? 何を言っているのか、理解が追いつかない。


「そうだ。お前たち二人は、元は一つの魂。鬼神であるお前が、輪廻の輪から外れた際に、分かたれた片割れこそが、この静月よ。故に、お前たちは惹かれ合う。そして、お前の犯した大罪の呪いが、この娘を苛むのだ。滑稽な話だろう?」


静馬の言葉は、雷のように私の頭を打ち抜いた。

私の呪いは、彼のせい? 私たちが元は一つ? だから、彼は私に執着し、私の呪いが彼にだけは効かなかったのか。あまりに酷い真実。


「黙れ、下衆が……!」


黒焔が、怒りの咆哮と共に、陰陽師たちの鎖を引きちぎった。しかし、その動きは、先ほどまでとは明らかに違っていた。彼の心に生まれた動揺が、その力を鈍らせている。

静馬は、私から抽出した黒い呪力を、巨大な矢の形へと変えた。


「これは、お前の呪いだ、静月。そして、元をただせば、お前の呪いだ、鬼神よ! 己が罪で、滅びるがいい!」


呪力の矢が、黒焔めがけて放たれる。黒焔は、私を庇うように立ち、その一撃を、自らの体で受け止めるつもりだった。

――嫌だ。

彼が、傷つくのは。私のせいで、彼が苦しむのは、もう見たくない。

その強い想いが、私の心の奥底で、何かの栓を抜いた。


「――やめてっ!!」


私が叫んだ瞬間、私の体から、これまで感じたことのないほどの、強大な力が溢れ出した。それは、黒い呪いの力ではなかった。月光のように、清らかで、静謐で、そして何よりも優しい、浄化の光。

その光は、静馬が放った呪力の矢を、いともたやすく霧散させた。それだけではない。光は、黒焔の体にかかっていた、百年の呪いの名残をも、優しく洗い流していく。

「なっ……馬鹿な! 呪われた巫女が、なぜ、これほどの聖なる力を……!?」

静馬が、信じられないものを見る目で、私を見つめる。

私も、自分の身に何が起きているのかわからなかった。ただ、わかるのは、私のこの力は、彼を守るためにある、ということだけ。

黒焔は、驚愕に目を見開いていた。そして、やがて、その瞳に深い慈愛の色を宿して、私の名を呼んだ。


「……静月。そうか、お前は……。俺が失った、光の部分だったのだな」


彼は、もう迷っていなかった。その体から、本来の、圧倒的な妖気が立ち上る。


「貴様らには、もう用はない。静月は、俺のものだ。誰にも渡さん」


彼は、太刀を抜き放つと、一瞬で陰陽師たちの間合いに踏み込んだ。もはや、勝負にすらなっていなかった。静馬は、命からがら、数人の部下と共に撤退していった。

静けさが戻った庭で、私は、力の使いすぎで、その場に崩れ落ちた。黒焔が、そんな私を、優しく、しかし壊れ物を扱うかのように、抱きしめる。


「すまない、静月。全て、俺のせいだ」


彼の声は、震えていた。初めて見る、彼の弱さ。


「……いいえ。わたくしは、あなたを守れて、嬉しいです」


私は、彼の胸に顔をうずめた。私たちの間に横たわる因縁は、あまりに深く、そして悲しい。けれど、それでも、私は彼のそばにいたい。彼を守りたい。

私たちの本当の物語は、この、呪いと宿命を乗り越える戦いは、まだ始まったばかりなのだ。水鏡神社は、決して諦めないだろう。そして、黒焔が喰らったという「月の涙」の呪いは、まだ完全に消えたわけではない。私たちの前には、更なる困難が待ち受けている。しかし、今の私には、もう恐れはなかった。


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