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ネコミミ☆パラドックス  作者: ピザやすし
第二楽章 心の証
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第8話 未来

あれから、シュウジの元気は無かった。

大学に行く、と、出掛けて行ったシュウジを見送り、私は床に伸びていた。

シュウジは、私を所有する気は無かった、と、言っていた。

胸がチクリと痛んだ。

手を胸に当てると、鈴の音が聞こえた。

「……うん、大丈夫、だよね。」

そう呟き、私はドアに向かって歩き出した。

少し、外を歩きたい気分だった。


研究室のラボで、私はタキムラから採取した銀髪の分析をしていた。

滅菌した剃刀で毛根を切り取り、顕微鏡を覗く。

丸く膨らんだ核が、黒い輪郭を帯びて光っていた。

「成長期毛根、立派な細胞が残っている……核DNAが取れるな……」

誰もいないラボに、私の呟きだけが低く響いていた。

無菌キャビネットの奥、小さなマイクロチューブに毛根片を落とす。

ピペットから透明な液体を一滴垂らすと、毛根片は一瞬だけ浮き、ゆっくりと沈んだ。

チューブをインキュベーターに入れ、攪拌が始まる。

低い音が室内を満たす。

「……思い過ごしてあれば、それで良いんだ……」

静かな室内に、その声だけが漂っていた。


一般教養の講義室に入る。

文学部の私と理学部のシュウジくんとの、数少ない同じ講義だ。

講義室を見渡すがシュウジくんの姿は見えない。

いつもシュウジくんが座っている辺り、後方の席に座りノートを取り出す。

アイディアをノートにメモしていると、シュウジくんが声を掛けてくる。

「おはよう。」

そう言ってシュウジくんは隣に座る。

「あれ?それって、ナオ?」

シュウジくんが鞄からノートを取り出しながら、私の落書きを見て言う。

あっ、と、思った。

つい描いてしまった物だった。

少し恥ずかしくなって俯くと、シュウジくんが続けて言う。

「へえ、上手いな。デフォルメされててもすぐ分かったよ。」

シュウジくんは感心した様に言う。

私は、平静を装って答える。

「そ、そう?あの子、特徴的だから。」

声が上擦ってしまったのが気恥ずかしくなる。

そんな話をしているうちに、教授が入ってきて、始業のチャイムが鳴る。

シュウジくんは真面目だ。

真剣に講義のノートを取っている。

私も頑張らないとな、と、思い、前を向く。

教職課程のための法学の講義。

卒業後の選択肢の一つとして、取っておいても良いだろう、と、履修していた。

シュウジくんも教職のために取っているのだろう。

ふと、そんな事を思った。


抽出したDNAをシーケンサーが読み取っていく。

画面に並ぶ配列は人間のものと重なっていた。

しかし、一部に、ありえない配列が含まれていた。

解析ソフトはそこに対して結果を示す。

猫、と。

「そんな事が……」

人のDNAに、猫のものが組み込まれている?

それも、これは、意図的に組み込まれたもの……?

画面を見る教授の手は震えていた。

その胸に広がる感情が、畏怖なのか、不安なのか、自分でも分からなかった。

私は、結果をプリントし、自分の鞄に仕舞い込む。

解析データは破棄し、試料の一部を保管することにした。

それが、理性を守る為の手続きだった。


河川敷に下りると、遠くでバーベキューをしている人たちが見えた。

私は近くのベンチに座って、遊んだり、食べたりしている人たちを眺めていた。

「隣、失礼するぜ。」

そう言ってスーツの男が隣に座る。

葉巻を取り出して吸い口をカットし、カットした部分をケースにしまう。

手慣れた様に反対側を火でゆっくりと焦がしていた。

コトシロ、と、名乗っていただろうか。

私は、睨み付けながら尋ねる。

「……何か用?」

コトシロは、煙を吐き出し、遠くを見ながら答える。

「少し、伝えておこうと思ってな。」

そう言って、葉巻を吸う。

ゆっくりとした時間が流れているように感じた。

「あんたがこの時代にいるだけで、世界のエラー率は増える。エラー是正ができなくなった場合、その瞬間を分岐点として、新しい歴史が作られる。」

サングラスで隠れた目からは、その表情は読み取れなかった。

「……それで?私が戻らないと、未来が変わって大変、ってこと?」

私の問いに、静かに葉巻を吹かしながら、コトシロは答える。

「……未来が消えるってことだ。お前が存在した未来が、な。新しく築かれる時間がどうなるかは俺にも分からん。ただ、今在る未来の存在は消える。新しい未来が、そこから紡がれる。」

……私がここにいると、未来も、私の存在も消える。

私は、どうしたら良いのだろう。

考えていると、コトシロが言う。

「まあ、普通に生活している分には、エラー率が是正不可まで行くことは無い。……あまりにこの時代に干渉し過ぎなければ、な。世界ってのは案外タフなもんなのさ。」

そう言ってコトシロは軽く笑って見せる。

葉巻の灰も、携帯しているケースに入れているのは、影響を少なくするためなのだろうか。

「……ねえ。なんであなたはそれを知っているの?未来が消えても干渉した結果は消えないってこと?」

葉巻の煙がコトシロの帽子のつばに当たって曲がるのが見える。

「……未来の事は、誰も覚えていられない。存在しないことになった未来の干渉は消える。だが、起点となった時間で、その時間の存在が起こした結果は残る。俺が、知っているのもその為だ。……だが、それが何だったのかは思い出せない。」

コトシロの言葉は悲しんでいる様に聞こえた。

私は、元気に遊ぶ子供たちの笑い声を聞きながら、川の流れを見ながらその言葉を反芻していた。

コトシロは葉巻をケースにしまい、立ち上がる。

「伝えたかったのはそれだけだ。あんたも、シュウジと一緒にいたいのなら、気を付けることだ。」

シュウジ。

その名前を聞くと、胸が痛んだ。

胸に手を当てると、首輪の鈴がりん、と鳴る。

その音が、悩みを消してくれるような気がした。

「そうだ、私の名前はナオ。覚えておいてよね。」

そう言うと、コトシロは少し気の抜けた顔をした後に軽く笑う。

「……そうだな、大事な名前だ。ナオ、シュウジを大切にしろよ。」

そう言って、帽子を直しながらコトシロは去って行く。

その後ろ姿を見送った私の心は、青く広がる空の様に澄んでいた。


研究室に寄る。

既に教授は帰った後だと先輩から聞いた。

先輩達も忙しそうにしていたので、俺は漫研に向かうことにした。

何となく、家に帰り辛く感じていた。

部室棟に向かって歩く。

青く澄んだ空が、心を見透かしている様に感じ、逃げるように部室へ入った。

「お疲れ様です。」

そう挨拶すると、既にいる部員が挨拶を返してくれる。

彼らはアイディアを出し合っていた。

俺は、自分の考えに沈む様に、自分の漫画を描き始めた。

ペンが紙を擦る音が、普段よりも大きく聞こえた。

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