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ネコミミ☆パラドックス  作者: ピザやすし
第一楽章 朱のカデンツァ
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第5話 制限

高い天井の広い部屋の中、拳を震わせる男と、優雅にソファーに腰掛け、コーヒーを飲む男がいた。

「……それで、捕まえもせず、帰ってきた、と。」

低く、少し震えた声で一人が言う。

そのこめかみには青筋が立っていた。

そんな様子を気にも留めず、ソファーの男は脚を組んだままカップを口に運ぶ。

良い豆だ、と呟き、静かにカップを置く。

「居場所は分かってるんだ。焦ることは無い。……管制局に目を付けられたくは無いだろう?」

静かに、落ち着いた声でそう話す。

「……それに、既に契約をしていた。」

その言葉に、怒りを浮かべていた男が動揺する。

「ど、どういうことだ。私の物だぞ?!」

カップから上る湯気が揺らいでいた。

「まあ、そんな訳でな。騒ぎにするわけにもいかなかった。」

対照的に、落ち着いたまま、感情を見せずに話す。

「巫山戯るなっ!幾ら払ったと思っているんだっ!」

男が怒鳴る。

ソファーの男は意に介さずコーヒーを口にする。

「頼まれた仕事はきちんとやっているぜ?何なら、契約書を読み上げようか?」

その言葉に言い返せず、拳を震わせる。

「……時空座標を送る。それで依頼は完了だ。また、よろしく頼むぜ?」

そう軽く言う男の表情は読み取れなかった。

「……貴様っ!」

そう言うと同時に、室内に複数の獣人が出現する。

が、その誰も動くことができなかった。

ソファーで寛いでいた筈の男が、怒りを露わにしていた男の後ろにいた。

その手に持った銃が、後頭部に当てられていた。

「相手を、間違えるなよ?旦那。俺は依頼通りに商品を運んできた。それを逃がしたのはあんただ。」

低く、抑揚のない声で言う。

銃を突き付けられた男も、その光景を見守る獣人も、誰も動くことができなかった。

「そして、探せと言うからきちんと探してきた。座標を送った、だろう?」

銃を突き付けられた頭部を、汗が伝う。

「わ、悪かった。銃を、下ろしてくれ……。」

その言葉に応じ、スーツの男は銃を下げる。

緊張の解けた男が机に伏す。

「……あれは、自分がどういった存在なのか、まだ分かっていない。」

銃を仕舞いながら男が言う。

「リミッターがある以上は、確保できるだろう。その後で、契約を上書きすれば良い。」

興味無さそうに語る男の話を、落ち着かない呼吸のまま、机に伏した男は聞いていた。

呼び出された獣人たちも、何もできず、その顔に困惑を浮かべていた。


部屋で、合同誌に載せる漫画を描いていた。

そのテーブルの向こうで、ナオが床に寝そべり、尻尾を揺らしていた。

「あっ、トーンが……」

使おうと思ったスクリーントーンが切れていた。

時計を見る。

まだ、買いに行ける時間だな、と確認する。

「ナオ、ちょっと画材を買いに行ってくる。」

そう伝え、立ち上がると、ナオも起き上がる。

「暇だから私もついてく。」

ナオの尻尾がぴんと立つ。

りん、と鈴の音が響く。

「……画材を買ってくるだけだぞ?」

呆れながら言う。

「部屋でじっとしてるよりはマシでしょ?ね?」

言いながら、軽い足取りで先にドアに向かって行く。

「仕方ないなぁ。勝手にどこかに行くなよ?」

今ある画材を確認し、必要なものをメモする。

じゃあ行くか、とカバンを肩から下げて靴を履く。

ナオはもうドアから出ていた。

鼻歌を歌いながら、くるくると踊っているように見えた。


シュウジについて文房具屋に行った。

その帰りに、住宅街を並んで歩いていた。

「ねえ、どうしてシュウジは漫画を描くの?」

何となく聞いてみた。

シュウジは少し考えた後に答える。

「うーん、何だろう。何となくだけど、漫画の中ではキャラは生きてるんだ。だから、悩むし、迷うし、それでも何かを選ぼうとする。そんな生きた心を、描きたいんだ。」

シュウジの言う生きている、と言うこと。

それは、心がある、と言うことだろうか。

……私の心は、作り物の心は、生きた心なのだろうか。

胸が、ちくりと痛んだ。

そんなことを考えていると、別の見覚えのある男が向こうに立っていた。


ナオは、何かに悩んでいる様に見えた。

何かおかしなことを言っただろうか。

そんなことを考えていると、前から歩いてきた男が声をかけてくる。

「見付けたぞ!まったく、逃げ出しおって!」

その声に、ナオが後ろに隠れる。

その尻尾が膨らんでいた。

男がナオの腕を掴もうとするのを阻む。

「っ!いきなり何をするんだ!」

そう言うと、男はこちらを睨みつけながら言う。

「ふんっ、それは私の物だ。返してもらおう。」

まただ。

違和感を感じる。

違和感の正体を探ろうとするまえに言葉が出る。

「……嫌がっているだろう?誘拐でもするつもりか。」

不快感を隠せずに言い放つ。

「人の物を盗んでおいて、何を言っている?それは、私の物だ。それを取り返しに来ただけだ。」

イラっとした。

その感情がどこから来たのかは分からない。

何も答えずにいると、間をおいて男が続ける。

「ふんっ、野蛮人に話など通じぬ、か。」

その言葉を言い終えると、街灯がふっと消える。

一瞬、視界にノイズが走ったように見えた。

辺りを月だけが照らしていた。


「まったく、旦那も人遣いが荒いねぇ。」

そうぼやく。

言いながらも動きは止めない。

機器を壁に設置していく。

この機器は、囲まれた時空間を歴史から切り離す。

旦那は力づくで連れ戻そうとするだろう。

歴史を保つため、多少暴れても問題無いよう、歴史から切り離された時空間を用意する。

今回の仕事だ。

最後の機器を設置し、スーツの埃を払いながら依頼主に連絡をする。

「こっちの準備は済んだ。制限時間は30分だ。……それ以上は正史に戻される。そこで強制終了だ。」

依頼主から、使え、と合図が送られる。

「やれやれ、せっかちだねぇ。」

言いながら肩を竦め、左手に持った端末に触れる。

すると、機器に囲まれた範囲の街灯が消える。

時空間分離に伴う歪みが見える。

ここは隔絶された時空間。

偽りの街並み。

偽りの時空間。

一仕事を終え、葉巻に火をつける。

「さて、どうなるかねぇ。」

言葉とともに吐いた煙が広がり、溶けていった。

軍用兵器の力、実際に見たことは無い。

リミッターは自然には外れない。

万一、外されることがあれば、軍用兵器の性能が確認できる。

軍が、どれほどの力を保持しているのかが分かる。

「……少し、見ておくか。」

そう呟き、男が歩き出す。

葉巻から上る煙が、歩みとともに線を描いていた。


シュウジの前に出る。

時空間が隔絶された。

相手は攻撃してくるつもりだ。

男の影を睨みつける。

「……シュウジに怪我させたら、許さないから。」

無意識に、声に怒りが乗っていた。

猫型獣人とは言え、ベースは人だ。

灯りを奪われ、まだ目が慣れない。

男が答える。

「安心したまえ。過去への干渉がバレる訳には行かないのでね。……多少痛い思いはしてもらうがね。」

その言葉に奥歯を噛み締める。

手に力が入る。

「お、おい、ナオ。」

シュウジが不安そうな顔をする。

「大丈夫、シュウジは、私が守るから。」

無理矢理、笑顔を作ってみせる。

シュウジを守らないと。

……この思いは、作り物なのだろうか。

一瞬、迷いが生じた。

男の周りに気配が増えるのを感じる。

戦闘用の獣人だ。

匂いからして狼型だろうか。

状況の変化に、頭が冴える。

迷いが消える。

集団での戦闘では全く敵わないだろう。

シュウジを、どうすれば守れるだろうか。

汗が流れる。

「シュウジは動かないでいて。」

そう伝え、飛び出す。


ナオは自分を守る、と言った。

戦う?どうして?

ナオは真剣な表情をしていた。

覚悟を、決めていた。

俺は、ただその背中を見ている事しかできなかった。


灯りの消えた街並みに、鈴の音が響いていた。

月を、雲が隠そうとしていた。

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