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ネコミミ☆パラドックス  作者: ピザやすし
第一楽章 朱のカデンツァ

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第4話 傘の持ち主

その日は、朝から雨が降っていた。

シュウジは大学に行く、と、出掛けて行った。

一緒に来るか?と、聞かれたが、雨が降っているし、と、断った。

うーん、と、伸びをすると、首輪の鈴がりん、と音を立てる。

「……暇だなぁ。」

ついて行けば良かっただろうか。

「……濡れるのは嫌だなぁ。」

そう声に出ていた。

足は自然とドアに向かっていた。


「おはよう、シュウジくん。」

広い講義室の、後ろの方にシュウジくんを見つけ、隣に座る。

ああ、おはよう、と欠伸をしながらシュウジくんが答える。

「今日は、あの子は一緒じゃないの?」

そう尋ねる自分の胸が、少しざわついた。

「ん?ナオの事?そりゃ、いつも一緒にいるわけじゃないよ。」

あの子はナオ、と言う名前なのか。

人形の様な整った見た目。

青い瞳。

……シュウジくんとはどう言う関係なのだろうか。

気にしても仕方がないのに、どうしても気になってしまう。

そう思いながら話をしていると、始業のチャイムが鳴る。

姿勢を正し、ノートを取りながらも、あの子の事が気になっていた。


シュウジのいる大学に向かう途中、早くも後悔していた。

「やっぱり、来るんじゃなかった……。」

雨に濡れた服が張り付く。

不快だ。

「ここにいたのか。」

不意に声をかけられ、そちらに目を向ける。

見覚えのある、黒いスーツの男が傘を差して立っていた。


取引に使った時空の狭間と繋がる時間から、逃げたと思われる時空を導出していた。

「確率99%、ほぼ、ここだろう。」

依頼主は呑気に賭け事に出掛けて行った。

――ペット用の闘技場。

今回の商品も、そこで戦わせるために、個人所有の禁止されている軍用の物を流してもらった。

ふぅ、と、煙を吐き出す。

「……まあ、金は貰ってるしな。」

逃したのはこちらの落ち度では無い。

依頼主が勝手に檻を開けたのだ。

先に契約を済ませろ、と、伝えていた。

「……さて、様子を見にいきますかね。」

探せ、としか言われていない。

商品がどうなっていようと、関与するところではない。

帽子を正して立ち上がり、左手首の時計に触れる。

眼前の空間に亀裂が生じ、そして、楕円形の穴ができる。

「……俺一人で良い。お前は休んでおけ。……なに、直ぐ忙しくなる。俺の感、ではな。」

後ろに控えていた体格の良い男に言う。

スーツの男が、左手をひらひらと振りながら、穴に入っていくのを、頭を下げたまま見送っていた。


「……あなた、は……」

呆けたまま男に言う。

「……風邪ひくぞ。」

そう言って男が手に持った傘を差し出す。

「ありがと。でも、あなたが濡れちゃうんじゃない?」

そう言って男をよく見ると、雨は身体に触れる前に弾かれていた。

「……ずるい。」

そう言って差し出された傘を受け取る。

男は葉巻に火を当てながら言う。

「その時代に、合わせた見た目ってのがあるんだよ。」

葉巻を吸い、煙を吐き出す。

煙は雨に吸われ、直ぐに消えていく。

「ここは、どこなの……?」

思っていたことを尋ねる。

男は、遠くを見ながら葉巻を燻らせていた。

「……知っていた外と違う。それに……」

その先の言葉が出なかった。

男は、遠くを見たまま話す。

「……ここは、数世紀昔の世界だ。」

やっぱり。

そう、思った。

「……連れ戻さないの?」

男に尋ねる。

ゆっくりと、煙を吐き出しながら男が言う。

「まだ、な。居場所が分かればいつでも来れる。それに、目立って管制局に動かれたくないんでな。」

手に持った、葉巻から上る煙が雨に消える。

「……。」

何も言えず、俯く。

「目立たなければ、エラーは訂正される。歴史は保たれる。」

男はそう言って、また煙を吸う。

「こちらとしては、大人しくついて来てもらえると、助かるんだがな。」

そう言って吐き出す煙は、ゆらゆらと漂いながら、雨に溶けていった。


家に向かっているとナオが見えた。

その目立つ外見の、隣に黒いスーツの男が立っていた。

「ナオ!何してるんだ?こんなところで。」

「あ、シュウジ。」

ナオがこちらを向いて、目を大きく開けて言う。

その綺麗な目に、吸い込まれるような錯覚を覚える。

「……そいつがお前の持ち主か?」

黒いスーツの男が言う。

「え?」

思わず気の抜けた声が出る。

「……うん。シュウジが、私のご主人様。」

そう言って、ナオは傘を両手で持ち、その手を胸に当てる。

りん、と鈴が音を鳴らす。

「……そうか。」

男はそれだけを呟き、葉巻を吸う。

「シュウジ、帰ろ。」

そう言ってナオが腕に絡んでくる。

濡れた衣服越しに、肌の冷たさを感じた。

「あ、おい。って、その傘は?」

ナオが持っている傘は、自分のものでは無い。

「あ、その人に貰ったの。」

ナオが何でもないように言う。

「すみません、傘を頂いて。」

そう伝えると、男は煙を吐きながら答える。

「構わんよ。それに、また会うことになる。その時にでも、返してくれ。」

そう言うと、男はポケットから箱を取り出し、葉巻をしまい、歩き出す。

歩くその背を見ながら、男の言った言葉を思い出していた。

――そいつがお前の持ち主か、と。

彼は、ナオに向かってそう言っていた。

ナオが、自分を物だと言っていたように。

「シュウジ、寒いから早く帰ろ?」

ナオが上目遣いで覗き込んでくる。

「ああ、うん。」

ナオの白いワンピースが透けて張り付いているのを見て、思わず目を逸らす。

その視線の先に、去っていく男の背中が見えた。

雨は、降り続いていた。

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