最終話 ネコミミパラドックス
病室の鏡で、切ったばかりの髪型を見る。
腰まであった髪を、肩までにした。
傷を縫合するために剃ったり、切った髪とのバランスを考えると、このくらいが傷を隠すのにも、見た目としてもバランスが良かった。
「うーん、変じゃないかなぁ。」
今日は、同じゼミの友人がノートを持って来てくれる。
変だったらどうしよう、と、鏡を見ながら髪を整えていた。
あの後、入院したまま検査をしていたけれど、特に問題は無いだろう、と、退院も決まった。
まだ、抜糸が残っているので、また来ないといけないけれど。
鏡の前で向きを変えながら、映る自分の頭を見る。
傷跡は、隠せてるから大丈夫。
見た目は――。
「うーん……」
長いストレートだったから落ち着かない。
軽くなった頭もそうだし、雰囲気が変わってしまっていないだろうか。
シュウジくんの顔が思い浮かぶ。
彼の漫画は髪の長い子が多かった。
長い子が好み何だと思う。
考えながら鏡を見る。
指先で、短くなった髪に触れる。
こういうのは、幾ら悩んでも答えなんて出ないのは知っている。
けれど、悩んでしまうのだから、仕方ないじゃない。
そうしていると、面会の連絡が入る。
許可を出し、急いでノートを取り出す。
少しして、友人が入ってくる。
「サキ、元気?ノートのコピー取ってきたよ。」
友人が三人入ってくる。
「あれ?髪切った?」
尋ねられ、思わず髪に触れる。
「うん……手術の邪魔だからって、不格好に切られちゃったし、傷口の周りも剃ってあるから……」
言いながら、少し恥ずかしくなった。
「へぇ。でも、短いのも似合ってるよ。」
そう言って三人とも似合う似合う、と、褒めてくれる。
照れ臭かったけれど、悪い気分ではなかった。
「……うん、ありがとう。」
「あ、ノートのコピー渡すね。」
そう言って、友人達が各々の鞄からコピーを取り出す。
「分からないところがあったら聞いてね。まあ、私も説明できるかわからないけど。」
コピーを受け取りながら笑い合う。
一人が、真面目な顔で尋ねる。
「それで、退院はできそうなの?」
私は笑顔で頷く。
「来週からは講義に出席できると思う。まだ、抜糸が残ってるけどね。」
伝えると、友人たちが笑顔になる。
おめでとう!と、喜んでくれる。
「でも、災難だったね。転んで、大怪我でしょ?」
心配そうな顔で聞いてくる。
「……うん。でも、私はその時の事、覚えてないんだよね。画材屋に行ったのは覚えてるんだけど……」
人差し指を口許に当て、思い出そうとしてみる。
気が付いたら病室に居て、母が手を握ってくれていた。
シュウジくんが救急車を呼んでくれたのだ、と。
応急処置もされていて、大事には至らなかった、と。
私の様子を見て、友人が不安そうに言う。
「そういうの、無理に思い出さない方が良いって聞くよ。」
他の友人も頷く。
私は笑いながら、大丈夫だよ、と、答える。
そんな他愛もない話をして、友人たちは帰り支度を始める。
退院祝いに美味しいものを食べに行こう、と、約束をした。
何でもない日常が嬉しかった。
「さて、ノートに写しますか。」
気合を入れてコピーとノートを並べる。
一度読んで、頭に入れてからノートに書き写していく。
読んだだけでは覚えられず、ましてや理解もできないから。
ノートは取らない、と、言いながら、きちんと単位を取っている友人もいるけれど、私はノートに取る、と言う行為が自分に合っているのだ、と、思っている。
ノートを写し終える頃には夕方になっていた。
窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染める。
この時間は、少し嫌いだった。
とても寂しい気持ちになるから。
四人部屋に私一人、と、言うのも、その寂しさを助長しているのかもしれない。
写したノートをパラパラとめくっていると、ノートの隅に描かれた落書きが目に入った。
猫耳と尻尾のついた、少女の落書き。
「あれ?これって……」
他のノートもめくる。
幾つものノートに、猫耳少女の落書きが描かれていた。
「こんなキャラ、描いたかな……」
私は、絵の癖から、間違いなく自分で描いた落書きを見つめていた。
不意に、このキャラを使った漫画のネタが頭の中に溢れ出した。
視線を落書きに向けたまま、引き出しのアイディア用のノートを取り出す。
「この子は、白いメインクーンの様な感じのもふもふの長毛で、えっと、目は青くて。」
ノートに思いつくまま特徴を書き加えていく。
「この落書きだと、服はワンピースだよね。名前は――」
名前はナオ。
何故かは分からないけれど、その名前しか無い、と、感じた。
「この子は、うーん、どういう設定だろう。」
そう言えば、シュウジくんは生命科学を専攻していたはず。
「SFで、未来の技術で生み出された猫耳少女。それが現代に迷い込んでしまって。SF系ドタバタラブコメに、ちょっぴりビターな感じを入れて。」
アイディアが無限に湧き出てくる様に感じた。
時間も忘れて設定とあらすじを書いた。
書き上げたあらすじを見て頷く。
「タイトルは、ネコミミパラドックス!」
私は、そのままノートにラフを描き始めた。
このまま、何か形にしたかった。
その衝動が何なのか分からなかったけれど、私の中の創作の炎が燃えている内に、と、描いていった。
やっぱり、漫画を描くのは楽しい、と、そう思った。
消灯の時間が訪れるまで、私の手は止まらなかった。




