第20話 虚構と実存
黒と茶のツートン、ショートの猫型獣人が目隠しをされ、コトシロの前に連れられて来る。
「……ご苦労。受け取れたか。」
そう言って書庫のソファから立ち上がる。
「さて、旦那のところへ行くか。一人では不安だろう。……こいつが居れば、旦那の気も多少は紛れるだろう。」
大柄の男が頷き、コトシロの後に続き、時空の穴に入っていく。
「ただいま。」
「ん、おかえり。」
部屋に帰ると、気怠げに顔を覗かせてナオが返事をする。
俺の顔を見て、不安そうな顔をする。
「……何か、あったの?」
「……うん。先に荷物を下ろさせて。」
俯いたまま、部屋の隅に鞄を置く。
そしてテーブルに着く。
彼女も、俺の向かいに座る。
ただ静かに、俺が話すのを待っていた。
「……管制局と、コトシロさんに会ったんだ。コトシロさんは、ナオの事を、本来の所有者に諦めさせるって。……だから、俺に手を貸して欲しい、と。」
そう言って俯く。
彼女は何も言わず、俺の様子を見ていた。
「……その後、周りに居た人たちが、全員管制局員にすり替わっていた。……俺達に、銃を向けていた……」
話すに連れ、曖昧だった感覚が、恐怖として実体を持ったように感じた。
喉が乾き、上手く声が出せなかった。
肩が震えているのが自分でも分かった。
ナオが立ち上がり、俺の後ろに回る。
抱き着きながら、俺の頭の上に自分の頭を載せる。
彼女の体温を背中に感じた。
あれからずっと、周り全てが虚構なんじゃないか、と、不安だった。
けれど、その体温が、彼女がそこにいることを、実感させてくれた。
抑えていた感情が込み上げ、涙が出た。
嗚咽を漏らす俺に、彼女が言う。
「……シュウジはさ、どうするのが良いと思う?……私は、シュウジの判断を信じるよ。」
頭上から聞こえる声に、上手く話せないまま答える。
「……俺は、ナオと一緒に、居たい。飼い主とか、そういうのじゃなくて。……ただ、この生活を、失いたくないんだ……」
俺の返事に、ふふっと笑う。
「……私も、シュウジと一緒に居たい。だったら、諦めてもらうのも悪くないとは思うな。……コトシロの狙いは分からないけれど。」
ナオが、俺の考えを代弁してくれていた。
コトシロの狙いは何なのだろうか。
あんなに、ナオを取り返そうとしていたのに。
……サキが怪我した時、コトシロはひどく焦っていた。
管制局が来る前に駆け付けて、サキに応急処置をしてくれた。
考えている内に、少し落ち着いてきた気がした。
「……コトシロさんに、手を貸そう。多分、管制局と戦うことになるけれど……」
首輪を付けて欲しい、と、泣いていたナオの顔を思い出した。
その顔を掴んで、頭から下ろす。
りん、と、小さな鈴の音。
静寂に淀んだ部屋に広がる波紋の様に聞こえた。
彼女は、優しい笑顔を浮かべながら、両手を胸に当てる。
「……この鈴の音を聞くと、安心するんだ。シュウジの傍に、私は居て良いんだって。」
静かに目を閉じる。
ゆっくりとその目を開いた時、表情は真剣なものになっていた。
「……次に、コトシロに会ったとき、私の首輪を外して。この首輪、シュウジじゃないと外せないの。」
俺は、その言葉に強く、頷く。
「……分かった。」
直後、微笑みながら言う。
「あ、でも、首輪失くさないでね。終わったらまた付けてもらうんだから。」
言いながら、俺の胡座をかいた脚の中に座り、背中を預けてくる。
「……ここが、私の居場所なんだから。……絶対に、失くさないでね。」
その声は優しかった。
表情は見えなかった。
けれど、不思議と、安心に包まれていた。
確かにここに在る、その存在が、とても愛おしかった。
翌日、俺はナオと一緒に出かけた。
特に持ち物は無かった。
武器を、と、探したが、ナオに無駄だよ、と、止められた。
大学の構内を歩く学生たちが、皆怪しく見えた。
緊張している俺とは対照的に、ナオは鼻歌交じりの軽い足取りで歩いていた。
昨日と同じベンチに座り、買ってきたお茶を飲む。
改めて見ると、たくさんの人が居るんだな、と思った。
それぞれのゼミの話や、部活の話、恋愛話。
そんな他愛もない話が聞こえてきた。
俺には、そこに違和感は感じなかった。
ナオも楽しそうに隣でおにぎりを食べていた。




