表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネコミミ☆パラドックス  作者: ピザやすし
第一楽章 朱のカデンツァ
2/6

第2話 飾り

夢を、見ていた。


子供の頃の夢。

祖母の家に、白い大きな猫がいた。

大人しい猫で、毛が長くて。

撫でるもふもふとして、青くて大きな目を細めていた。

あまり動かず、なーお、と鳴いては喉をごろごろと鳴らしながら、腹を天に向けて転がっていた。

そう、こんな手触りで……。

あれ?と目を覚ます。

手にサラサラとした感触があった。

昨夜の少女が直ぐ隣で寝ていた。

「う、うわぁっ!」


何か大声が聞こえる。

眠気まなこを擦りながら目を開けると、ご主人様がいる。

「おはよ。朝からうるさいよ?」

そう言うと、ご主人様は呆然としている。

確か、あの中が冷たい箱に、食べ物が入っていた筈だ。

そう思い、箱を開けようとするところで、ご主人様に止められる。

「ち、ちょっと待って!……君は……?」

ご主人様は何だか朝から大変そうに見える。

どうしたんだろう。

「私?私は猫型獣人。……知らない?」

ご主人様は首を横に振る。

そう、私は遺伝子操作で生み出された愛玩動物。

ご主人様の、所有物。


何を言っているか、全く分からなかった。

あっ、と思い、名を尋ねる。

「そ、そうだ、名前!君の名前は?俺は、タキムラ シュウジ」


タキムラ シュウジ。

ご主人様の名前。

私の名は……。

「……名前はまだ無い。ご主人様が付けて。」


名前が無い?

それも、俺に付けろ、と、彼女は言う。

猫型獣人、と言ったか。

猫。

そう言えば、祖母の猫は、なーお、と、鳴いていたな。

「……なお……。」

思わず口に出ていた。

「ナオ……それが、私の名前……。」

少女は何か大切な物をしまうかの様に、胸に手を当てる。

首輪に付いた鈴がりん、と、澄んだ音を響かせた。

「あ、いや、昔ばあちゃんちで飼ってた猫の鳴き声が――」

「ふふっ、気に入った。私はナオ。ご主人様の、所有物。よろしくね?」

「……へ?」


ナオ。

私の名前。

胸の奥が温かくなった様に感じた。

頬が緩む。

それから、ご主人様が朝ご飯もくれた。

コウギとやらを受けに行くらしいので、面白そうだ、と、ついて行くことにする。


「あれ?」

気付くとナオがいなくなっていた。

頭を掻きながらぼやく。

「急に現れたり、いつの間にか消えたり……。」

はぁ、とため息を吐いた。

一限はうちの研究室の教授の講義だ。

遅れるわけにはいかない。

そう思い、講義室に駆け込む。


「――つまり、生命倫理の問題として、遺伝子操作はその可能性を秘めつつも、慎重にならなければならない。」

そこでチャイムが鳴った。

「以上だ。今日の講義内容について、配布資料も合わせて、自分の考えをまとめてレポートとして提出してくれ。」

そう言って、手元の講義ノートを鞄にしまう。

と、研究室の学生が質問に来ていた。

「先生、質問があります。」

彼は、タキムラ シュウジ。

バイトもしているのに、熱心に学んでくれている。

「あの、遺伝子操作に関してなのですが、近しい種、例えば人とチンパンジーでも遺伝子は約98%一致しています。では、遺伝子操作によって人為的に変えられた種が、自然的な種と交雑が起こる可能性は低い、とは言えないのでしょうか。」

良い着眼点だ、と、思った。

「良い質問だ。交雑可能かどうか、それはもっと複雑な問題となる。それすらも遺伝子的に操作できる。理論上は、ね。わずかな変更が交雑を阻む壁にもなりうるし、その壁を越える手段にもなりうる。」

そこで一度言葉を切る。

ここからは主観的な意見だ。

間をおいて、続けた。

「ただね、僕は、遺伝子操作は人の手に余る、人が神の真似事をしているような、そんな危うさを感じるんだ。」

そう話すと、コスプレをした少女が現れた。

タキムラの側にやってきて、尻尾を絡め、耳をぴくぴくと動かしている。

――やけに精巧な作りだな、流行っているのか?

「あ!ナオ、どこ行ってたんだよ。」

「ん、何か飛んでたから、追いかけてた。」

そう話す少女の尻尾がゆらゆらと揺れていた。

本物のはずがない。

だが、その本物にしか見えない耳と尻尾に、否定しようとする心と、認めかけている頭が、静かに拮抗していた。


シュウジの姿を見つけ、足取り軽く近寄っていく。

無意識に尻尾を絡めていた。

センセイと呼ばれた若い男性が、こちらを眺めている。

が、特に気にはならない。

シュウジは、マンケンと言うところに行くらしいので着いて行くことにする。

ブシツと言う部屋に入ると、女子がシュウジに話しかけてきた。


アイディアが浮かばず、外を眺めていた。

空は青く澄んでいて、私の悩みなど気にしていない様だった。

扉が開く音が聞こえ、そちらを向く。

シュウジくんが漫研の部室に入ってくる。

その顔を見たら少し元気が出た。

が、すぐにそれは困惑に変わった。

シュウジくんが女の子を連れてきていた。

それも長い銀髪に青い瞳。

そして、頭に猫耳をつけ、尻尾までつけてる。

――コスプレ?

「おはよう、シュウジくん。」

平静を装って挨拶をした。

胸のざわつきを隠し、尋ねた。

「その子は?……えっと、その恰好で、歩いて来たの?」

「あー、えっと、次の漫画のモデルにさ、そう、コスプレしてもらってるんだ!」

シュウジくんがわざとらしく言う。

……怪しい。

そう言うのが好きなのだろうか。

……言ってくれたら私だって、モデルくらいするのに。

「ふぅん、まあ良いけど。」

それにしても良くできた猫耳と尻尾だ。

まるで本物の様に見える。

思わず触れようとすると、するりとかわしてシュウジくんの陰に隠れてしまった。

腕を掴んで尻尾をパタパタと振っている。

その無邪気さと、人形を思わせる綺麗な姿に、一瞬目を奪われる。

が、シュウジくんにぴたりとくっついている様子に、思わず睨みつけていた。


俺はただ、画材を取りに漫研に寄っただけなのだが、なんなのだろうか。

空気が重い。

肌にピリピリとした圧を感じる。

こちらを睨みつけている、同じ漫研部員のタチバナ サキと、俺の後ろに隠れ、腕を掴んでいるナオ。

その間にいる俺は、一体何をやってしまったのか。

「……えっと、じゃあ俺、荷物取って、帰るから。」

そう言って、ここから離れようとした。

「シュウジくん!」

「はいいっ?!」

逃げようとするのを阻む様に、声をかけられてしまう。

「合同誌の作品、早く出してよ?」

「はいっ!急ぎます!」

怒りが滲み出るその声に、明瞭に答える。

「それじゃ、俺はこれで。」

そう言って逃げ出した。

後ろで、名を呼ぶ声が聞こえるが、あの空間にいては身が持たない。

そう感じた俺は部室を後にしたのだった。


そして夜。

バイトが休みだったこともあり、家で漫画を描いているうちに夜になっていた。

ナオは初めは興味深そうに見ていたが、直ぐに飽きて寝てしまっていた。

鉛筆を止め、ナオを見る。

長いサラサラの銀髪に猫耳。そして尻尾。

「……人間の耳は付いているのかな。」

なんとなく疑問に思ったことを呟く。

「付いてるよ。」

寝ていると思っていたナオが起き上がりながら答える。

「お、起きてたのか。」

寝ていると思い込んでいたので、思わず声が上擦る。

「ほら。」

と、ナオは髪を掬い上げ、耳を見せる。

その姿に見惚れ、息を呑む。

「……?ほら、耳。付いてるよ?」

はっ、として答える。

「へ、ああ、うん。」

顔が熱くなっているのを感じる。

「……あれ?じゃあ猫耳は?」

疑問に思い、尋ねる。

「こっちは飾り。でも、動くよ?」

そういうと、耳をピクピクと動かして見せる。

「無駄機能じゃん。何それ。」

猫耳なのに、耳として機能していないとは。

「元の遺伝子が人間由来なのと、なんか、耳と尻尾はあった方が喜ばれるからって。」

喜ばれる?

「……え?」

意味が分からず、気の抜けた返事を返す。

少し間をおいて、ナオは続けた。

「……愛玩動物だから、ね。人に、好まれる様な外見に造られた。」

そういう彼女の顔は、少し悲しげに見えた。

頭の耳は後ろに倒れ、尻尾は力無く床に伸びていた。

外を照らしていた月が、その光を雲で隠そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ