第19話 不穏の影
書庫でアーカイブに問う。
「カガリマサノリについて、アーカイブに残っている情報を教えてくれ。」
コトシロの問いに、端末が答える。
『カガリマサノリ、と言う人物について、記されている情報はありません。』
返答を聞き、少し考えた後、コトシロは指先を動かす。
「この期間で、カガリ、と言う名の人物、または組織について、教えてくれ。」
『カガリ、と言う名は、シラヌイ商会の取引先として残っています。』
アーカイブの回答に、目を伏せる。
「その名について、教えてくれ。」
アーカイブが感情の無い声で語る。
『シラヌイ商会の取引先の一つ。主な取引内容は、愛玩動物としての獣人、及び軍需産業です。』
その回答に、驚きは無かった。
「……カガリが、その後に与えた影響を教えてくれ。」
一瞬考えるような間を置き、コトシロが尋ねる。
『カガリは獣人を卸していた事が読み取れます。当時の相場に対してかなり低めの価格帯で獣人を売り、獣人の一般普及を推進した、と、評価できます。また、軍需産業への参入時期も的確で、実業家としての勘所の良さが読み取れます。』
アーカイブの回答を聞き、また考える。
旦那は野心家で頭も切れるが、そこまでの実力は無い。
だから俺に、分かった上で利用されている。
シラヌイ商会に名が残るのも当然だ。
俺の取引のフロントに立ってもらっているのだから。
「……旦那に消えてもらうのはまずいか。」
取り得る選択肢を考える。
旦那に伝えた様に、管制局に諦めてもらわなければならない。
誰も退場させてはならない。
「……厄介だな。」
言葉に出ていた。
隠す様にふっ、と、笑い、立ち上がる。
「さて、行きますかね。」
帽子を整え、時空の穴へと踏み出す。
管制局に伝えるのはどうだろうか。
いや、彼等にとって、歴史とエラー率が全てだ。
俺の言葉など聞く耳を持たないだろう。
騒つく心を押さえつける様に、思考を続けた。
この時間を、人の選択を、守る為に。
俺は、大学の構内のベンチに座っていた。
近くのベンチでは、仲の良さそうに話すカップルがいた。
別のベンチではジュースを飲みながら休んでいる学生。
俺は、その明るい日常の中に、沈んだ表情で座っていた。
サキの事が頭をよぎり、漫研の部室には顔を出せなかった。
空は青く澄んでいた。
大きな雲が、ゆっくりと動いているのが見えた。
「シュウジ、話がある。」
不意に声が聞こえた。
声の方を向くと、隣のベンチにコトシロが座っていた。
「コトシロさん……」
あの時、コトシロはサキを助けてくれた。
けれど、そもそも襲って来なければ、サキは怪我を負わなかったはずだ。
そう思うと、眉間に皺が寄った。
コトシロから視線を外し、俯く。
コトシロは、そのまま話を続ける。
「……あの女の事は悪かった。こちらのミスだ。」
コトシロは、ベンチに座ったまま、膝の上で手を組んで話す。
「シュウジ、旦那にナオの事は諦めさせる。……代わりに、手を貸してくれないか?」
「え?」
思わず顔を上げる。
俺たちの前を、通り過ぎる学生が見えた。
「……ナオと、共に居たいだろう?その為にもなる。」
彼は未来の事を殆ど話さない。
恐らく、伝えてはいけないのだろう。
歴史はそうそう変わらない、と、そう言っていた。
話さない、と、いう事は、それが大きな影響を及ぼす、と、いう事だろう。
組んでいたコトシロの手が離れ、右手で左手首を覆う。
「今は答えなくて良い。……ただ、その可能性を検討してくれれば良い。」
言い終えると同時に、歩いていた学生たちが立ち止まる。
そして、一斉にこちらに銃を向ける。
つい先ほどまで聞こえていた話し声も、何も聞こえなかった。
あ、管制局、と、思った。
目をコトシロに向ける。
もう、そこにコトシロはいなかった。
周囲に目を向けるが、そこには、ただ会話をしながら歩く学生たちしかいなかった。
管制局員の姿は、もう無かった。
そこにまだいるのかもしれないけれど、俺には分からなかった。
周囲を見ると、変わらず談笑をするカップル。
ジュースを飲み終え、立ち上がる学生。
それらが、同じままそこにいた。
俺は、急に怖くなった。
当たり前の日常が、作り物であるかの様な、そんな違和感を感じた。
周りを歩く学生たち。
俺は、彼等について何も知らない。
同じ大学に通っている学生。
そこに、異質な存在が混ざっていても、俺は、それに気付けないのだ、と。
自分の知らない所で何もかもを決められている様な、そんな無力さと、恐怖を感じた。




