第16話 黄昏の街並み
書籍の積み上げられた一室、古い紙とインクの独特の香りに包まれた空間。
その書庫に、主人の姿があった。
書庫の主人は、黒いスーツに深く被った帽子、サングラス型の電子端末を身に付けていた。
彼は、その空間で考え事をしていた。
暫くして立ち上がり、書庫を出て行く。
コツコツと、その磨かれた革靴の音が、大きく響く。
彼は書庫のある建物から出る。
晴れた空の中、賑やかな声が広がっていた。
その声を発していたのは、獣耳と尻尾を持った種族。
人の良きパートナーとして造られ、そして、人を滅びへと導いている種族。
商店街に向かって彼は歩き出す。
ボールを追い掛ける獣人の子供達が、彼を追い抜いて行った。
商店街に入ると、人の姿が見えた。
雌の獣人と、夕飯について話している若い人間の男。
人の赤子を大切に抱えた獣人と、会話をしながら買い物をする人の女。
店を構えている方に、人の姿は見えなかった。
「あ、クズノハさん。今日は良い魚が入っていますよ。」
魚屋の主人が彼に話し掛ける。
軽く手を挙げて応じ、品物を見る。
鮮度の良い魚が並んでいた。
「脂が乗っているんで、生でも良いですが、少し炙るか、焼いて落とした方が美味しいかもしれません。好みに合わせて、どんな調理法でも美味しいですよ。」
魚屋の主人が言う。
愛想の良い、若い雄の獣人だ。
「悪いが、今は買い物目当てじゃなくてね。飯前に残っていたら頂くよ。」
クズノハ、と、呼ばれたスーツの男が答える。
魚屋の主人も、分かりました、と、笑顔のまま離れ、店先で別の客に魚を勧めていく。
クズノハも魚屋を離れ、通りを歩く。
少し歩いた所で喫茶店に入る。
案内に出て来る制服姿の雌の獣人に、喫煙席、一人で、と、伝え、席へと案内される。
席に着き、帽子を脱ぐ。
珈琲を頼み、スーツの内ポケットから葉巻のケースを取り出す。
ケースを置き、中から一本取り出し、一端を灰皿に切り落とす。
口に咥え、店に置かれたマッチを擦り、もう一方をじっくりと炙る。
火が付き、煙を味わう。
店内はそれなりに賑わっていたが、人の姿は無かった。
淹れられた珈琲が前に置かれ、運んで来た獣人が礼をして去っていく。
葉巻を置いてカップを口に運ぶ。
過去の安い豆の方が好みだな、と、思った。
葉巻と珈琲を味わいながら、クズノハは思考に沈んでいく。
後ろで結ばれた、長い茶色掛かった黄色い髪と、同じ色の狐耳が、その頭の上で存在を主張していた。




