第15話 今を、守る為に
通報者としてサキに付き添い、救急車の後部の座席に乗り込む。
時空管制局員の指示に従い、転倒による怪我として説明した。
救急隊員は、タオルの様なものをサキの頭に当てていた。
救急車が病院に着く。
俺は、サキと同じ大学の友人である事、転倒した際に頭を打った事等、見た事と管制局員の提示した内容を伝えた。
サキはCT室へと運ばれて行った。
暫くして、サキの母親が現れる。
受付で話した後、俺に頭を下げる。
俺も返礼する。
家族が来た事で、俺は解放され病院から出る事になった。
サキの事は心配だったが、これ以上俺にできる事は無かった。
ナオと管制局員はどうしているのだろう、と、思った。
夜の空が、疑問も不安も、全て吸い込んでいく様に感じられた。
私は管制局員と喫茶店に来ていた。
局員はコーヒーを、私はリンゴジュースを頼んだ。
「……色々と、気になる事もあるだろう。多少は私から話せる事もある。それと、代わりに聞きたい事もあってね。」
私の目を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。
「……あなたたちが来たって事は、未来に影響があるって事でしょう?」
思った事をそのまま尋ねる。
時空管制局は時間の番人。
歴史を守る為に動く。
私の存在が、歴史を壊す可能性が高まったから来たはずだ。
……サキが怪我をした様に。
局員は表情を変えずに答える。
「……現時点で、君を元の時間に戻す様な指示は受けていない。私が答えられるのはそれくらいだ。」
局員の回答は、私はまだここにいて良い、と言う事を示していた。
私は俯く。
サキの怪我は、恐らく傷跡が残る。
あれが介入の根拠であると思う。
「……私からも尋ねたいのだが、あの場にいたスーツの男は何者なんだい?」
コトシロの事だろう。
「……私を売ろうとした商人。私は逃げたからここにいるけれど。コトシロと名乗っていた。」
コトシロについて、あまり知らない事に気付いた。
彼は、私を回収するのが目的の筈。
あの、撤退の時に見せた動きは、今の私を簡単に捕まえられる筈だ。
何らかの強化が無ければあの動きはできない。
人間にできる動きでは無かった。
局員を伺い見ると、顎に手を当てて、何か考えている様だった。
お待たせしました、と、コーヒーとリンゴジュースが置かれる。
局員が、ミルクと砂糖を入れながら、ブラックは飲めなくてね、と、笑う。
ストローでジュースを吸う。
口の中に甘さと良い香りが広がった。
その後も穏やかなやり取りをして、喫茶店を出た。
では、と、彼は右手を顔の横に挙げ挨拶をする。
私も、ありがと、と短く返事をする。
局員の去って行く、その背を見送った。
彼は、私の事よりもコトシロの事を気にしている様だった。
顔を上げると、星空が見えた。
星の光から、遠い時間の流れを感じた。
「終わりだ……管制局に目を付けられた……」
旦那が頭を抱えていた。
ソファでコーヒーを飲みながら、旦那に話す。
「……それで、これからどうする?黙って管制局に捕まるかい?……それとも、抗うかい?」
旦那に、自分が主導権を握っている、と、思わせておいて、裏で自分が立ち回らなければならない。
面倒な役回りだな、と、思った。
「管制局は、エラー率を基準に動いている。これ以上エラー率を上げなければ良い。エラーは世界に是正される。」
そう言ってカップを口に運ぶ。
「……回収すれば、全て解決する筈なのだ。そうすれば、管制局も……」
旦那が拳を震わせながら呟く。
周囲に気配を感じて旦那に伝える。
「……旦那、お客さんが来た様だ。」
カップをテーブルに置く。
言葉を発しながら、これからの立ち回りを考えていた。
旦那に管制局の相手をしてもらわないと。
自分は、管制局に手を出せないのだから。
「動くなっ!」
部屋に踏み込み、叫ぶ。
室内には誰も居なかった。
隊員が室内を調べていく。
テーブルに置かれた、まだ温かい飲みかけのコーヒーを見る。
右手を耳に当て、連絡をする。
「未知因子、コトシロは既に逃走。残留データを送る。」
そう言ってカップとソファをスキャンする。
「……何故、未来側は動かない?」
隊員の呟きが、広い部屋の中に消えて行った。
管制局ではオペレーションルームで議論が交わされていた。
「今回のエラー率増加に関し、未来由来存在と思われる、未知因子の存在があります。以後、この存在をコトシロ、と、呼称します。」
現地に行った隊員が説明する。
その報告を、指揮官が静かに聞いていた。
直後、コトシロの潜伏先に踏み込んだ部隊から、データが送られてくる。
分析官がデータを見て報告する。
「ほぼ間違い無く、コトシロは未来の存在です。既存アーカイブにも、その記録は残っていません。」
指揮官が報告を受けて、判断を下す。
「……コトシロを、時間崩壊を招く危険因子と判断。排除を決定する。……我々が守るのは今、だ。未来の可能性の一つを排除しても、今が変わる事は無い。」
その決定に皆が頷く。
局員たちが慌ただしく動く。
時間崩壊に対処する為に。
自分達の今を守る為に。
指揮官が遠くを見て呟く。
「未来側の不始末は、そっちでやってもらいたいものだがな……」
時の番人である時空管制局。
今に至る歴史を保つ為の組織。
指揮官が指示を出す。
「……遺伝子操作の父と共に居たとされる獣人が、どこから来たものか、アーカイブにアクセスしてくれ。」
時空管制局のアーカイブには全てが残されている。
そこにコトシロの名も、未来からの介入の記録も無い。
で、あれば、コトシロの排除は妥当な判断の筈だ。
目を瞑り、考える。
エラー率の急上昇。
未来由来の未知因子の干渉。
危険因子はそれのはずだ。
判断にミスは許されなかった。
ミスは時間崩壊を実現させる。
これまで対処した事例でも、大丈夫だった。
エラーを招く未知因子。
胸に渦巻く不安は、どれだけ考えても消える事は無かった。
しかしそれも、これまでと同じ事。
負う責任に対する、自身が感じる不安だ、と、そう思い込む事にした。




