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ネコミミ☆パラドックス  作者: ピザやすし
第三楽章 既定路線

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第12話 余白

教授に促され、応接スペースのソファに座る。

「冷たい麦茶で良いかな。……カフェインは避けた方が良いかと思ってね。」

教授は言いながらコップに麦茶を注ぐ。

自分用に、と、教授は温かいインスタントのコーヒーを淹れる。

煎った豆の良い匂いがした。

離れたところで、シュウジが何か器具をいじっているのが見える。

私がシュウジの方を見ているのに気付いて、教授が声を掛ける。

「……彼は優秀な学生でね。気になるならもっと近くで見てみるかい?」

私はその提案に首を振る。

「いい。……邪魔したく、ないから。」

そう言って麦茶を口に含む。

麦の香ばしい香りがした。

教授が鞄から一枚の紙を取り出し、テーブルに置く。

「……すまない。勝手ながら、君の遺伝子を調べさせてもらった。」

教授の顔は、申し訳無さそうに見えた。

「……私のこと、分かったの?」

そう尋ねる。

私は物だから。

特に調べられることに抵抗は無かった。

シュウジの顔が浮かんだ。

私の飼い主。

いや、私にとっての、とても大切な人。

……シュウジは、私が調べられたと知ったら嫌がるだろうか。

教授は、少し顔を逸らした。

「……本当に、すまない。こんなこと、同意無く、やってはいけないんだ。」

教授の置いた紙には、人との一致率と共に、猫の因子が含まれていることを示していた。

「あなたは、これを見て、どう思ったの?」

私の問いに、教授は一瞬戸惑ったように見えた。

意を決したように、教授は真剣な顔で答える。

「率直に言おう。君の存在は、今の技術では不可能だ。……君は、我々にとっての、未来から来た存在なのかい?」

私は視線を手に持ったコップの麦茶に落とす。

琥珀色の液体が静かに揺れていた。

どこまで伝えて大丈夫なのだろう。

私がここに居ることは、未来を消す可能性がある。

私は消えても良い。

でも、それまで、できるだけ長く、シュウジと一緒にいたい。

……バレてるのならそんな変わらないのかもしれない。

少し考えた後、そう思う事にした。

「私は、ここから未来の時間で造られた猫型獣人。愛玩動物としての生を与えられた人造物。」

俯いて呟く。

教授は驚きを見せなかった。

ただ、真剣に私の話を聞いていた。

「……一つ聞きたい。君の寿命についてだ。」

真剣な顔を崩さないまま教授が尋ねる。

「君は、今、何歳なんだい?……この聞き方は、人間的で不適切なのかな。」

言った後で、教授は不安そうな表情を見せる。

この人は悪人ではない、と、そう感じた。

ふふっと、自然と笑みが溢れた。

「女性の年齢を聞くのは失礼なのではなくて?」

戯けて言う。

教授は、はっとした顔で、すまない、と、本気で謝罪をする。

「冗談。……私は、誕生してから一年くらい。知識だけを与えられて、見た目相応の振る舞いができるように造られているの。」

麦茶を一口飲み、真剣な顔で伝える。

教授は驚いた表情を見せるが、直ぐに真面目な顔に戻る。

「……この事、シュウジには内緒にしていて欲しいの。」

教授も真剣な顔で私に問う。

「それは、何故だい?知っていた方が、時間を有意義に使えると思うが。」

「シュウジには、まだ知られたくないの。……だから、これは、私の我が儘。」

教授は少し俯き、考えているようだった。

「……分かった。この事を私から明かす事は決して無いと誓おう。」

その真剣な表情に、私は笑顔で返す。

「ありがと。」

教授も、緊張が解けたように笑みを浮かべる。

優しそうで、真面目さが滲んだ顔だと思った。


話をしているとシュウジがやってくる。

レポートを教授に渡して、今日は帰る事になった。

夕暮れの赤く染まった廊下を歩きながらシュウジが言う。

「えっと、この後画材を買いに行きたいんだけど、良いか?」

私は笑顔で頷く。

無意識に、尻尾をシュウジに絡めていた。


ナオと一緒に大学の敷地を出て、オブジェの置かれた駅を抜け、反対側の商店街に出る。

放射状に広がる道路の中央の道を進む。

画材屋に向かう途中、ナオは機嫌良く見えた。

途中、雑貨屋のショーウィンドウから、ナオが何か眺めている様だった。

画材屋でインクとコミック用の原稿用紙を買い、帰路に着く。

来る途中にナオが興味を示していた雑貨屋の前で立ち止まり、尋ねる。

「中、見てみる?買うかどうかは別だけど。」

ナオは少し驚いた後、大きく頷く。

店内に入るとナオは周囲を見渡しながら、雑貨を見て楽しんでいる様だった。

ナオがふと止まる。

その澄んだ目の先に、猫じゃらしが置かれていた。

そう言うところも猫なのか、と、感心しながらナオに話しかける。

「気になるの?」

ナオは少し考えて、答える。

「……なんか、気になって。」

猫じゃらしの中から、青い一本を取り、ナオの前で揺らす。

ナオの目付きが変わる。

その様子に思わず吹き出すと、ナオがはっとした顔をした後、顔を赤らめて逸らす。

「もうっ!」

「ごめんごめん。お詫びにこれは買おうか。」

と、笑いながらレジへと持って行く。

会計を済ませ、シールだけ貼られた猫じゃらしを手に持ち、店を後にする。

歩いていると、ナオが声を掛けてくる。

「……それ、気になるから、鞄に入れておいて。」

少しむくれた様子で、頬を染めていた。

笑いながら鞄にしまう。

ナオは顔を赤くしたままそっぽを向いていた。

「あ、シュウジくんとナオちゃん!」

前から歩いてきた女性が声を掛けてくる。

暗くなっていても、その声からサキだと分かった。

駆け寄って来て、その顔がはっきりと見えた。

「あ、サキも画材屋に?」

「うん、トーンが無くなりそうだから。」

サキは不機嫌そうにしているナオを見て、ふふっと笑う。

ナオの尻尾は俺の腕に絡んだままだった。


「……旦那、引き上げだ。民間人を巻き込むぞ。」

屋根の上から様子を見ていたコトシロが呟く。

通信先が何か言うのを無視して言葉を続ける。

「機器は設置済みだ。同じ場所を使えば良い。……無駄にはならんよ。」

コトシロは葉巻を取り出し、吸い口を切り取りながら伝える。

「……撤退はこちらのタイミングで決める。そう伝えたはずだが。」

通信を切り、葉巻を吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。

煙が夜空に溶けて消えていく。

その先に、星が輝いて見えた。

「……既定路線、ね。」

呟くとまた葉巻を味わう。

コトシロは、しばらく星を眺めながら煙を味わっていた。

煙が少しだけ星の光を遮るが、直ぐに何もなかったかの様に、変わらない光が瞬いていた。

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