第10話 揺れる思い
「あ、そうだ。」
私は、コトシロの事を思い出して声を上げた。
シュウジが顔を向ける。
「今日、コトシロに会ったよ。」
「え、ああ、コトシロさん。……そういや、あの人も未来から来てるんだよな。」
シュウジに、コトシロの話を伝えておかないと。
「コトシロは、私が干渉し続けると、未来が消えるかもしれないって。」
シュウジの顔が真面目になる。
「未来で造られた私も、その未来が消えると初めからいなかった事になるんだ、って、そう言ってた。」
シュウジは真剣な顔で話を聞いていた。
「……そう……それで、ナオは、未来に戻るの?」
私は静かに首を振る。
そして、笑顔で答える。
「私はシュウジと居たい。ここに、いるから。」
それを聞いても、シュウジは真剣な顔をしたままだった。
何か考えている様だった。
「あれ?嬉しくない?」
「いや、そう言うわけでは無いけど。……ナオは、自分が消えるのが、怖くないのか?俺は、ナオが消えるのは、怖いよ……」
そうか。
私は消えるだけでも、シュウジは残されるから。
「……コトシロがね、初めからいない事になった存在の事は覚えていられないって。干渉して来た未来が消えるからって。」
シュウジは一瞬驚いた様な顔をした後、俯く。
「私は、この想いが本物であるのなら、私が消えるとしても、シュウジと一緒に居たいの。……それに、あまり干渉しなければ、世界そのもののエラー訂正機能が働くから、生きてる間くらいは一緒に居られるかもって。」
そう言って私はシュウジに近づき寄り掛かる。
鈴の音が、りん、と響く。
この音を聞くと安心する。
私が、私でいられる気がする。
笑顔で体重をかけて寄り掛かる私に、シュウジは少し困った様な顔を浮かべていた。
でも、嫌がってはいないと思った。
ナオは自分が消えるかも知れない、と、言った。
そして、それでも俺と一緒に居たい、とも。
俺は、どうするべきなのだろう。
ナオを未来に帰せば、ナオが消える事は無くなる。
ナオを自分の物だ、と、言った男を思い出す。
ナオが、未来に戻ったら、あの男の物として扱われるのだろうか。
そう考えると、ナオの願いと共に、一緒にいる方が良いのかも知れない。
答えは、出なかった。
ナオが擦り寄ってくる。
りん、と、鈴の音が響く。
ナオは嬉しそうにしている様に見えた。
自分も、ナオと一緒にいられる事が、嬉しかった。
「……段階的制御構造を持つリミッターだ。」
コトシロがそう言って首輪をテーブルに転送する。
それを見て、男がくく、と、笑う。
抑えきれない笑い声が部屋に響く。
その笑いを冷めた目で見ながらコトシロが言う。
「捕えないことにはリミッターも付けられん。……まだ、手に入ってもいない物で算盤を弾くのは、理解できんね。」
意に介さず、男は言う。
「リミッターが付いていれば、如何に兵器と言えどその能力は知れている。……元々私の物なのだ。それを、取り返すだけだ。」
コトシロは黙したままその言葉を受ける。
置かれたコーヒーから上る湯気が揺らいでいるのを眺める。
「エラー率に気を付けろ。……消えるのは、ごめんだ。」
そう言ってコトシロはカップを手に取る。
口に付け、少しコーヒーを飲む。
「……従いはするが、撤退はこちらで判断させてもらう。……それが、条件だ。」
くく、と笑いながら男が答える。
「構わんよ。……一瞬で終わる。……くくっ。」
天井の高い部屋に笑い声が響く。
コーヒーの香りを楽しむコトシロの表情は、そのグラスに阻まれて見えなかった。
コトシロの後ろに控えた大柄の男は、その体も心も、動かす事はなかった。
その部屋には笑い声を上げる男の声だけが響いていた。




