開国祭と新たな出会い⑧
路地裏へと入り込んだ三人は、石畳を踏みしめながら静かに歩を進めていた。街の喧騒が徐々に遠ざかり、周囲は不気味なほど静まり返っていく。
ティアが小声で呟いた。
「……付いてきてるよ。さっきからずっと、あたしたちの背後に」
カイは一つ頷き、リーナとティアを自分の前に出す。
「二人とも、前を歩け。何かあったらすぐ逃げろ」
「……わかりました」
リーナは緊張した面持ちで頷き、ティアも真剣な表情で小さく息を呑んだ。
やがて、薄暗い路地裏の中ほどまで進んだところで、カイは足を止めた。ぴたり、と。重苦しい静寂が落ちる。
「……おい。さっきから着けてるの、気づいてるぞ」
カイの低く静かな声が、路地裏に響いた。
直後、背後から足音が鳴り、影が現れる。黒いローブを纏った男たちが、まるで闇の中から滲み出るように、ゆっくりと五人、姿を現した。
「へぇ……俺たちに気づくとは。なかなかやるじゃねぇか」
男の一人が嘲るように言う。カイは視線だけで相手を射抜いた。
「何の用だ?」
ローブの中央にいた男が一歩前に出る。
「そっちの獣人に用があるんだよ。おとなしく渡せば、痛い目は見せずに済ませてやる」
ティアの目が鋭く細められる。リーナは彼女の肩に手を添え、そっと守るように立った。
「……断る」
カイの即答に、男たちの口元が歪んだ。
「そうか。後悔しても知らねぇぞ!」
次の瞬間、ローブの男たちが一斉に戦闘態勢に入る。だが、遠距離攻撃を仕掛ける者が居ないのを見ると、カイが毒を操ることは知らないようだ。
「リーナ、風魔法、頼む」
「はいっ。……《トルネード》!」
リーナの詠唱と同時に、風が渦巻き、路地裏に小さな嵐が巻き起こる。
「《ブレス:麻痺毒》」
カイの右掌から噴き出した黄色く濁った霧が、まるで蛇のようにうねりながら風の渦へと吸い込まれていく。そして、一直線に男たちへと襲いかかる。
《合体魔法:毒嵐》
一本道の路地裏に逃げ場などない。男たちは避ける間もなく毒の竜巻に包まれ、呻き声を上げながら地面に叩きつけられた。
「ぐっ……が、身体が……動かねぇ……!」
「な、なんだこれ……力が……」
全員が、呼吸するだけで毒を吸い込み、筋肉の動きを封じられていた。立ち上がるどころか、声を発するのもままならない。
カイはゆっくりと彼らに近づき、しゃがみ込む。
「……さて。誰の差し金だ?」
呻く男たちの一人が、うすら笑いを浮かべた。
「誰が、言うかよ……!」
その瞬間、カイはにっこりと笑った。
「そうか。なら、お前ら全員に毒を飲ませる。安心しろ。死にはしない。ただ、一生腹痛に悩まされるだけだ」
「なっ……!」
男たちの顔が一斉に青ざめる。すぐにカイは右手の指先に新たな毒《腹痛毒》を生成し、全員の口に容赦なく毒を垂らしていった。
数秒後――。
「う、ううううっ……腹が、腹がァ……!!」
「おい、マジだこれ! 助けてくれ……!」
カイは冷ややかな笑みを浮かべる。
「解毒薬は一つしかない。情報をくれたやつにだけやる。先着一名な」
一瞬の沈黙。そして、
「貴族の……エルムだ! エルム子爵が獣人の少女を攫えって命じてきた!」
「おいっ、お前裏切んのか!?」
「だって痛ぇんだよっ! もう無理だ!」
醜く争う男たちを尻目に、カイは立ち上がった。
「……もう用はない」
静かに息を吸い込むと、カイは再び呟いた。
「《ブレス:睡眠毒》」
優しく漂う淡い毒気が、男たちに降りかかる。数秒も経たないうちに、全員が白目を剥いて地面に倒れ、静かな寝息を立て始めた。
リーナは呆れたように呟く。
「……あれ。結局、解毒薬あげたんですか?」
カイは肩をすくめて答えた。
「あー……忘れてた」
リーナとティアは一瞬沈黙し、次の瞬間、苦笑いを浮かべた。
「……カイさんって、たまに悪役みたいですね」
「……カイ、性格悪い……でもちょっとスッキリしたかも」
静かな笑い声とともに、三人は衛兵を呼び、ローブの男たちを引き渡した。
その夜、王都の空は星明かりに照らされていたが、カイの腹黒さが一段と輝いて見えたのだった――。




