開国祭と新たな出会い⑦
その後、三人は何事もなかったかのように祭りを楽しんだ。喧騒と煌びやかな光に包まれながら、開国祭一日目は穏やかに終わった。
夜、宿に戻ったカイはリーナの部屋の前で小さく声をかけた。
「……明日は、あの貴族が何か仕掛けてくるかもしれない。警戒しておこう」
リーナは静かに頷く。
「わかりました。ティアさんの護衛も含めて、気を引き締めましょう」
それぞれの部屋に戻った二人は、硬く心に誓いながらも、訪れるべき明日に備えて布団へ身を沈めた。
――そして翌朝。
開国祭二日目も、王都は早朝から活気に包まれていた。屋台の数はさらに増え、昨日よりも人出が多い。熱気と音楽の中、カイたち三人は再び祭りの広場へと足を踏み入れた。
「ねえ、あたし、またあの魚の串焼きが食べたいんだ!」
ティアが目を輝かせて言うと、リーナが思わず吹き出して笑う。
「ティアさんは本当に魚が好きなんですね」
「うんっ!」
昨日と同じ屋台の前に並ぶティアの笑顔に、カイも自然と表情を緩める。
「じゃあ俺も並んでくるよ。ちょっと待っててな」
カイが列に加わり、屋台の主人と何気ないやり取りを交わしていたそのときだった。
「……っ!」
突然、誰かの肩が強くぶつかってきた。反射的に身を引いたカイの前に、筋骨隆々とした三人の男が立ち塞がった。
「おいおい、なんだその顔は。えらそうに祭り楽しんでんじゃねぇよ」
真ん中の男がニヤリと笑いながら睨みつけてくる。完全な因縁だった。
「邪魔だ、どけ。庶民風情が偉そうに並んでんじゃねぇ」
「……何の用だ?」
カイが静かに問いかけると、男たちはさらに一歩踏み出してきた。背後でリーナがすぐに気配を察し、ティアの肩に手を添える。
「リーナ、ティアを後ろに下がらせてくれ」
「はい。ティアさん、こっちに」
カイがそう言った瞬間、男たちのうち一人が拳を振りかざした。
「カッコつけてんじゃねぇ!」
拳が振り下ろされる――その直前、カイは低く呟く。
「……《ブレス:酩酊毒》」
右の掌から吹き出したのは、深い赤色の霧。その霧が男たちの顔にまともにかかる。吸い込んだ瞬間、真ん中の男がふらつき始めた。
「う、うわ……なんだこれ、ふわふわする……」
千鳥足でバランスを崩した男に、カイは足を引っ掛けて転倒させた。地面に倒れ込み、呻き声を漏らす。
「てめえ、何しやがった!」
残りの二人も拳を振るうが、酩酊毒の効果で足元が覚束ない。よろめいた拍子にカイはまた別の角度から足を払う。三人とも、もはや正気ではない。
「うぅ……動けねえ……立てねぇ……」
路上に転がったまま、男たちは酔っぱらったように意味不明な言葉を呟き続けていた。
そこへ、「何事か!」という声とともに衛兵たちが駆け寄ってきた。誰かが騒ぎに気づき、通報してくれたらしい。
カイはすぐさま事情を説明する。屋台の主人や周囲の客たちも口々に「カイたちに非はない」「向こうが絡んできた」と証言してくれたため、衛兵たちはすぐに三人を拘束して引き渡すことになった。
「ありがとうございます。お手間をかけさせてしまいました」
衛兵に一礼しながら、リーナが小声でカイに囁いた。
「……あれは、昨日の子爵の差し金だと思いますか?」
カイは少し考え込み、首を振る。
「多分な。でも、にしてはお粗末すぎる。嫌がらせ程度だろ」
それ以上、特に目立った妨害はなかった。
三人はその後、夕方まで再び祭りを楽しんだ。開国を題材にした劇が広場で始まり、ティアは夢中でそれを見つめ、リーナは楽しそうに拍手を送っていた。
陽が傾き、夜の帳が降りる頃、三人は宿への帰路につく。賑やかな通りから外れた石畳の道を歩いていると、ティアがふと足を止めた。
「……さっきから、誰かがあたしたちをつけてる」
その一言に、カイとリーナの足も止まる。
「ずっと同じ足音が、昼間から、あたしたちの後ろにあるんだ」
その目は鋭く、真剣だった。リーナが息を呑み、カイがティアに問いかける。
「全然気づかなかった。そんなこと……分かるのか?」
「うん。出来るだけ音を鳴らさないように歩いてるけど、逆にそれが目立つ。普通の人はあんな足の運び、しないから」
ティアの声に一片の揺らぎもない。
「なるほど……そこそこの実力者、ってことか」
カイはニヤリと笑った。
「なら、わざと路地裏に入って……話でも聞かせてもらおうか」
「……まさか、またあの時みたいに?」
リーナは盗賊に対するカイの“尋問”を思い出し、思わず自分の腕を抱き締めた。
ティアの言葉を信じ、三人は静かに路地裏へと歩を進めた。背後に潜む気配が、本物であることを疑う者はいなかった。




