開国祭と新たな出会い⑤
「ここは………どこ……?」
かすれた声と共に、少女が薄く目を開けた。まだ瞳の焦点は合っておらず、戸惑いの色が強く残っている。
「ここは王都の宿屋です。盗賊たちは、もう全員捕まりました。ですから……もう、大丈夫ですよ」
ベッドの横で静かに見守っていたリーナが、微笑みながらそう答える。優しい言葉が、少女の胸の奥に染み渡ったのか、目元が歪み、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
しばらくの間、少女は泣き続けた。声を上げることもできず、ただ、ずっと堪えてきた感情を少しずつ零していくように。
ようやく涙が落ち着いたころ、彼女は弱々しく、だがはっきりと口を開いた。
「……助けてくれて、ありがとう」
「気にするな。むしろ、間に合ってよかったよ」
そう言ったのはカイだった。椅子に座ったまま背を伸ばし、にこやかに少女へと声をかける。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
少女は一瞬迷ったように視線を落としたが、やがて小さく答えた。
「……ティア」
「ティア、か。いい名前だね。良かったら君の村まで送り届けようか?」
その言葉に、ティアはふるふると首を横に振った。少し寂しそうな瞳をして、ぽつぽつと語り始める。
「あたしの両親は、あたしが小さい時に亡くなったの。だから……帰る場所なんて、もう無い。あの日も、森で自分の食料を獲るために、狩りをしてて……」
「……そっか。ごめん、悪いことを聞いた」
カイが申し訳なさそうに眉をひそめると、ティアは静かに首を振る。
空気が一瞬、静かになる。重くはないが、言葉を選びたくなるような沈黙。
そんな中、リーナが明るい声で空気を変えた。
「そういえば、明日から開国祭が始まりますよ! 王都最大のお祭りです。きっと美味しいお店もたくさん出ますし、良かったら一緒に行きませんか?」
その提案に、ティアの耳がぴくりと動く。しばらくの間黙っていたが、やがて少し目に輝きが戻り、控えめに頷いた。
「……うん、行ってみたいかも」
その日の夕食は、お粥だった。ティアは最初こそ遠慮していたが、一口食べると目を見開き、黙々とスプーンを進めていった。その様子に、カイとリーナは思わず微笑み合う。
そして翌朝。宿屋を出ると、王都の街はすでに祭り一色になっていた。
「わぁ……」
思わずティアが声を漏らす。街のあちこちに飾られた旗、色とりどりの屋台、陽気な音楽、子供たちの笑い声。そのすべてが彼女にとっては初めての体験だった。
「ティア、こっちの通りが屋台通りだよ。美味しそうな匂いがするだろ?」
カイがそう言うと、ティアの耳と尻尾がぴくぴくと反応した。そして、くぅ〜と小さな音が鳴る。お腹が空いていたらしい。
「あっ、い、今のは……」
「最近、まともに食べてなかったんだろ? 食べたいものがあったら、なんでも言ってくれ」
カイの言葉に、ティアは少し驚いたように目を丸くし——その後、ぱあっと笑った。
「じゃあ……あの魚の塩焼き、食べたい!」
その笑顔は、これまでのどんな表情よりも自然で、あたたかくて、無邪気だった。
「よし、じゃあ決まりだ」
「並びますね、カイさん!」
ティアの笑顔に安心したカイとリーナは、そのまま三人で屋台通りを歩き出す。焼き魚、串焼き、果物飴に、甘いジュース。賑やかな祭りの中、ティアは何度も耳と尻尾を揺らし、目を輝かせながら歩いた。
——その日、ティアは本当の意味で笑顔を取り戻したのだった。




