開国祭と新たな出会い④
リーナが掌をかざし、魔力を抜くと、地響きとともに土壁が崩れ落ちていく。土の雲が晴れたその瞬間、馬車から顔を覗かせていたリオネルの目に飛び込んできたのは、あまりにも常識外れの光景だった。
氷の像と化した盗賊たちが数体。地面に伏して爆睡している者が数名。そして、その中心で——リーダー格らしき男が、震えながら正座をし、カイに向かって泣きそうな声で何度も許しを乞うている。
「な……なんですか、この……?」
リオネルが思わず呟く。その声には、目の前の“光景”が信じられないという困惑と恐怖、そして僅かな安堵が滲んでいた。
その後、カイとリーナは盗賊たちを全員縄で縛り上げ、一本の長縄でまとめて繋いだ。彼らは馬車の最後尾に列を成して歩かされることとなった。逃げようとする者は誰一人としていない。
カイの操る毒の恐ろしさが、彼らの心を完全に縛っていたのだ。たまにカイが馬車の後部からちらりと視線を向けるだけで、盗賊たちは一斉に背筋を伸ばし、姿勢を正すのだった。
尋問によって判明したのは、彼らがある貴族からの依頼で動いていたという事実だ。内容は、隣国に住む獣人族の村から“若くて見栄えの良い個体”を連れてくること。高額の報酬が約束されていたらしい。盗賊団は村に襲撃をかけようとしていたが、たまたま森で単独行動をしていた少女を見つけ、捕らえたという。
——それが、カイたちが保護したあの少女だった。
馬車の中に寝かせた少女は、ひどく消耗していたのか、全く目を覚まさない。痩せ細った腕や、擦り傷のある手足からも、彼女がどれほど長く逃げ、抵抗し、疲れ果てていたのかがわかる。
「無理もないですね……少しでも休ませてあげないと」
リーナがそっと少女の額を拭い、優しくそう呟いた。
幸い、その後の道中は魔物に遭遇することもなく、馬車は無事に王都へと到着した。
門前で事情を話すと、警備隊は驚きの声を上げ、盗賊たちを即座に連行していった。どうやら彼らは以前から指名手配されていた凶悪犯だったらしい。
「いやあ、まさかあなた方が捕まえてくださるとは……本当に助かりました!」
王都の警備副長は深々と頭を下げ、手配書に記された懸賞金をすべて支払ってくれた。リオネルが「これは彼らの手柄ですから」と一歩引いてくれたこともあり、報酬はすべてカイたちの懐に入った。
「うわ、すごい額だ……しばらく贅沢できるな」
カイは思わぬ収入に目を輝かせ、リーナも「お祭りで沢山美味しいものを食べましょうね」と微笑む。
王都の中は、丁度《開国祭》の準備が進んでおり、至るところに色鮮やかな布や提灯のようなものが飾られていた。行商人たちが声を張り上げ、子どもたちが走り回るにぎやかな光景が、静かに疲れた心を癒してくれる。
宿屋に到着すると、カイとリーナは少女を丁寧にベッドへと運び、毛布を掛けた。冷たい水で濡らした布を額に当て、リーナは看病を続ける。
「では、祭りが終わったらまたお願いしますね」
リオネルは柔らかく礼を述べると、出店の準備に向けて馬車を引いて去っていった。
そして——少女が目を覚ましたのは、次の日の朝だった。




