開国祭と新たな出会い③
「……リーナ。囲まれる前にやるぞ」
「はい。展開します!」
リーナが素早く手を構え、地面に魔力を注ぎ込む。魔法陣が浮かび上がると同時に、馬車の周囲の地面が隆起し、厚みのある土壁が瞬く間に形成されていく。高さは3mほど。商人たちと馬ごと、馬車を丸ごと包む防御壁だ。
「防御壁、完了です!」
「助かった。……じゃあ、こっちは俺の番だ」
カイは一歩前に出て深呼吸をして、右の掌に集中する。次の瞬間——カイの掌から麻痺毒のブレスが放たれる。
掌から噴出された黄ばみがかった霧状のブレス。扇状に広がるそれは、前方にいる盗賊たちに真っ直ぐ迫る。目には見えるが動くことも避けることもできない速さで拡散していく。
「うぐっ……!?」
「体が、動かねぇ……!? な、なんだこの……っ!」
立っていられず膝をつく者、顔をしかめて手足を痙攣させる者。彼らは全員が戦士として鍛えられているが、これほど即効性のある毒は想定外だったようだ。
(麻痺毒の濃度、敵の体格と見て……よし、1分は動けない)
カイは冷静に状況を見極める。そして小さく呟いた。
「次は、こっちの番だ——」
「……リーナ、動けないうちに片付けよう」
「わかりました!氷炎!」
リーナが詠唱すると、青白い炎が宙に浮かぶ。次の瞬間、動けずにいる盗賊たちの周囲に、冷気の渦が巻き起こった。
「う、うああっ!?」「や、やめ——」
言葉が終わるより早く、男たちは足元から全身までを覆うように氷に包まれ、氷像のようになっていった。気絶している者、震えている者、そのすべてが動きを止める。
「残ってるやつは……よし」
麻痺の効果が薄れてきている者たちに対して、カイは左手を掲げて小さく囁く。
「《ブレス:睡眠毒》!」
ふわり、と甘ったるい匂いを伴った白い霧が流れる。既に身体の自由を奪われ、ろくに抵抗もできない盗賊たちの鼻孔に、その毒が染み込んでいく。霧を吸い込んだ者たちは、次々とその場に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。
「……おやすみ」
カイがそう言った瞬間——
「ぬおおおおおっ!!」
轟くような怒声と共に、盗賊の中で唯一動けたリーダー格の男が突進してきた。分厚い胸板に鉄の鎧を纏い、顔には鋭い傷跡があり、その両目は殺意に染まっていた。
「このガキィッ!!」
「おっと」
男の拳がカイの頬をかすめたその瞬間——リーダーの男が突然、膝をつき、顔を歪めて叫んだ。
「……あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!」
拳を握った右手を抱えて転げ回る。見る見るうちに、手の甲が赤黒く腫れ上がり、痛みで涎を垂らすほどの苦悶を見せていた。
「驚いたか?これは《激痛毒》。神経に作用して、触れた部分に焼けるような激痛を与える。骨も筋も無事なのに、痛みだけが残る……最悪な毒だよ」
カイの声は冷たかった。さっきまでと同じ、少年らしい声音でありながら、その奥にあるのは明らかな殺意と冷徹さ。
「……お前には、いくつか聞きたいことがある」
リーダーの男が何かを叫ぶよりも早く、カイはゆっくりと歩み寄る。その掌には、ドス黒い色をした毒が集まりつつある。
「尋問っていうのはね、ちゃんと反応を見ないといけないから……」
カイはニッコリと笑って言った。
「まずは、何の毒から始めようか——」
そうして、尋問という名の拷問が始まるのだった。




