開国祭と新たな出会い②
数日後の朝、カイとリーナは荷造りを終え、ノルデナの北門近くにあるリオネル商会の前に姿を見せた。通りにはまだ人通りが少なく、空気もひんやりとしていて気持ちがよい。
「おお、待ってましたよ」
満面の笑みを浮かべてリオネルが手を振る。彼の後ろには、若い商会員の男性が三人。そしてその隣には、荷を積んだ頑丈そうな馬車が二台並んでいた。
「準備は万端です。では、改めて……よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カイとリーナも軽く頭を下げ、護衛の旅が始まった。
王都アルミアまでは馬車で約十日の行程。途中でいくつかの街や宿場を経由するが、広大な草原や森を抜ける必要もあり、決して気の抜けない道のりだ。特に祭りの時期が近づく今は、盗賊やならず者の活動も活発になると聞く。
「……新幹線と飛行機が恋しくなるな」
馬車の揺れに身体を任せながら、カイは内心でぼやいた。異世界に来てからというもの、徒歩か馬車ばかりで、便利な文明のありがたみを感じずにはいられない。
とはいえ、旅は順調に進んだ。日中、魔物と遭遇することも何度かあったが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた実力者であるカイとリーナの前では、特に苦戦することもない。二人の連携は既に熟練パーティの域に達していた。
そして夜の野営。通常であれば、見張りを立て、焚き火の煙に紛れて魔物が襲ってくる可能性を常に警戒する必要があるのだが——
「これは本当に……驚きですな……」
焚き火の前で毛布を肩にかけたリオネルが、感動したように目を細める。
カイは、ユニークスキルで魔除け効果を持つ《厭魔草の香気》を再現し、ブレスで広範囲に撒いていた。それをリーナの風魔法で拡散すれば、周囲百メートル以内には魔物が近づかない。人間にはやや刺激臭がする程度で無害だ。
「ぐっすり眠れる旅なんて、何年ぶりでしょうか。いやぁ、これは貿易商としては大変ありがたい……」
「それは良かったです。効果は数時間続くと思いますが、念のため2時間おきに撒いておきますね」
「ああ、カイさん達に護衛を依頼して本当に良かった……!」
旅は静かに、そして確実に進んでいく。
そして9日目。王都まであと1日の地点、深い森を通る道を進んでいた時だった。
「ん?」
カイが前方に違和感を覚え、馬車を止めさせる。
木々の隙間から、細い影がふらふらと現れたかと思うと、そのまま道の中央で崩れ落ちた。目を凝らすと、それは少女だった。腕や脚には切り傷や打撲の跡があり、服もぼろぼろ。獣人特有の猫の耳と尻尾があり、全身に泥と血がこびりついていた。
「おい、大丈夫か!?」
カイが駆け寄ると、少女はうっすらと目を開け、かすれた声でつぶやいた。
「……た、すけて……」
その瞬間、カイは迷うことなく回復ポーションを取り出し、少女の唇に流し込んだ。ぐっと喉が動き、少女は微かに息を整える。
「リーナ、馬車の中に寝かせて」
「はい。私が運びます」
リーナが手際よく少女を抱え上げ、馬車へと運び込む。
しかし、異変はその直後に起きた。
「そいつは俺たちが捕まえた奴隷だ。返してもらおうか」
森の木陰から十人ほどの男たちが姿を現した。全員が黒ずんだ革鎧に身を包み、動きやすく改造された戦闘服には血と泥の痕がこびりついている。腰に提げた剣や斧は使い込まれてはいるが、手入れが行き届いており、刃の鈍りはない。その目は鋭く、相手を値踏みする獣のような光を宿していた。
中には顔に傷を持つ男や、筋骨隆々とした斧使い、弓を手にした俊敏そうな者まで混じっており、ただの野盗とは明らかに一線を画す。
彼らの登場に、空気が緊張で張り詰める。
リーナが眉をひそめる。
「……ただの盗賊じゃないですね、これ」
「あぁ……どうやら話し合いはできなさそうだな」
カイは静かに立ち上がり、リオネルたちに目配せする。
「リオネルさん、商会のみなさんは馬車の中へ。例のポーション、飲んでおいてください」
「……ええ、わかりました」
カイはこの事態を想定し、事前にリオネルたちにも《毒耐性ポーション》を配っていた。自らのスキルに合わせた策を、抜かりなく準備していたのだ。
剣を構えるカイの背中に、風がざわめく。
その瞳には、もはや迷いも躊躇もない。
「リーナ、行こうか」
「はい、準備万端です」
戦闘が、始まろうとしていた——




