迫る影と鍛錬の日々⑤
ピクシーフォックスの討伐を終え、ギルドに戻って報告を終えると、リーナは急に真剣な面持ちでカイに向き直った。
「カイさん……私と“模擬戦”をしてくれませんか?」
その言葉にカイは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、リーナの目が真剣そのものだと気づくと、思わず姿勢を正した。
「……模擬戦?」
「はい。バルドさんが言っていたように、これから本当に“黒いローブの男たち”や、毒を使う魔物との戦いが始まると思います。私も、仲間として役に立ちたいんです」
拳を握るリーナの声には、いつになく熱がこもっていた。からかいではなく、本気だ。カイは少し考えてから頷いた。
「……俺は毒を自在に操れるし、攻撃の種類も増えた。模擬戦の相手にはちょうどいいかもしれないな」
「ありがとうございます」
「でも、毒の威力は調整するけど、少しでもやばいと思ったらすぐ言うんだぞ。絶対だ」
「もちろんです!」
翌日。朝早くから森へと向かったふたりは、木々の生い茂る中を進み、やがて光の差す開けた草地にたどり着いた。リーナは緊張しているのか、道中ほとんど言葉を発さなかった。だが、模擬戦の舞台に立つと、呼吸を整え、ゆっくりと杖を構える。
「全力でいきますね」
「ああ、来いよ」
カイが構えると同時に叫ぶ。
「いくぞ、《毒刃》!」
その手に現れたのは、麻痺毒を纏わせた漆黒の刀。そして続けて、
「《毒刃:飛閃》!」
振り抜かれた毒刃から、毒の波が風を裂いて走る。対するリーナは無詠唱で小さな《ファイアーボール》を即座に放ち、空中で激突。小さな爆発が起こり、両者の攻撃はかき消された。
「……無詠唱でその威力かよ!?」
驚きつつも、すぐにカイは次の手に移る。左手に意識を集中し、《酩酊毒》のブレスを撒き散らすと、リーナは即座に詠唱し、風魔法で毒の霧を吹き飛ばす。遠距離戦では分が悪いと判断したカイは、《毒鞭!》と叫び毒刃を柔らかな毒の鞭へと変化させ、突進する。
「これならどうだっ!」
しなりながら迫る毒鞭を、リーナは冷静に見据える。
「《氷炎》」
青白い輝きがリーナの杖から放たれ、カイの鞭に直撃。触れた瞬間、鞭は凍りついて砕け、その凍結は伝播するようにカイの右手にまで及んだ。
「やばっ、やばい、やばすぎる!」
慌てて後退するカイは、溶解毒を発動し、氷を溶かすために全身に纏わせる。だが、それを見たリーナは間髪入れずに詠唱。
「《氷炎弾》」
圧縮された青白い氷炎の球が放たれ、蛇のようにカイを追尾する。カイは避けきれずに直撃し、冷気の爆発が起こる。すると、カイは毒の膜ごと氷に閉じ込められた。
「ぎ、ギブアップ!! ギブギブ! 負けたぁ……!」
氷漬けのまま倒れるカイを見て、リーナは炎の魔法で氷を溶かしながら、少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「毒って、冷気には弱いんですね」
「……ああ。毒は広がってこそ意味がある。だけど氷がそれを封じ込めちまう。腐食も機能しなくなるし……リーナ、完全に毒の天敵だよ。完敗だ……」
肩を落とすカイに、リーナは静かに、でも嬉しそうに告げた。
「カイさん、私に気を使って手加減してくれてありがとうございます。……少し、自信がつきました」
その笑顔には、嫌味も見栄もない。仲間として、強くなりたいという真っ直ぐな想いが宿っていた。
カイはその場にぺたんと座り込み、小さくぼやく。
「結構本気だったんだけどな……」




