迫る影と鍛錬の日々④
サーペントエイプを倒したあとも、ふたりは探索を続けていた。実はこの日、ギルドからはもう一件、別の討伐依頼を受けていたのだ。対象は《ピクシーフォックス》。体長一メートルほどの狐型の魔物で、見た目はふわふわと愛らしいが、Cランクに指定されている理由はその異常なまでの敏捷性にある。攻撃力や耐久力は低いものの、まるで悪戯好きの妖精のように素早く動き回り、不意打ちや奇襲を繰り返してくるため、油断した冒険者の手を焼かせる存在なのだ。
森の奥へと進んでいたカイとリーナ。突然、背後から「ドンッ!」という衝撃が走った。
「ぐっ……いってぇ!?」
カイは受け身も取れずに前のめりに転び、顔面から地面に突っ伏した。
「リーナ!今、押したろ!」
振り向いて抗議するが、リーナは眉をひそめて言い返す。
「わたしじゃありません! なんですか今のは!?」
その直後、今度はリーナが同じように背中から突き飛ばされ、「あぅっ」と短く声を漏らして地面に膝をついた。驚いて顔を見合わせるふたりの前方から、甲高い笑い声のような鳴き声が響く。
視線を上げると、そこには五体のピクシーフォックスがいた。ふさふさとした尻尾を揺らし、いかにも無邪気な表情を浮かべているが、その目はどこか人を小馬鹿にしたような光を宿している。
「お前ら……絶対馬鹿にしてんだろ……!」
カイは《毒刃》を生成し、怒りのままに走り出した。しかし、ピクシーフォックスたちは一瞬で視界から姿を消し、次の瞬間には背後からカイの背中を突き飛ばしていた。
「またかよっ!」
リーナも魔力を込めて詠唱に入るが、突然目の前に現れたピクシーフォックスに妨害され、背中を押されてバランスを崩す。
カイは毒刃を振り回しながら叫んだ。
「思った以上にウザいな、こいつら!」
リーナは無言だったが、その頬は引きつり、こめかみにはピクピクと怒りの筋が浮かんでいた。笑顔を忘れたその表情には、確かな殺気が滲んでいる。いつも穏やかな彼女が、内心どれほど頭にきているか――見れば誰でもわかるほどだった。
カイは一度深く息を吐き、剣を下ろした。
「……くそ、あれを試すか」
呟きとともに、カイの体を淡い黄色の液体が包み込む。《毒鎧》——彼が新たに開発した、毒を用いた防御技である。身体を包むその液体は、麻痺毒を主成分とし、接触した敵の動きを鈍らせる効果を持っていた。
カイは構えもせず、その場に立ったままピクシーフォックスを挑発するように睨みつける。一体が勢いよく突撃してきた。直後——カイは正面からドンと突き飛ばされ、そのまま尻もちをついた。
「やっぱりか……」
彼の目の前で、突っ込んできたピクシーフォックスがその場に倒れ、ピクリとも動かなくなっていた。麻痺毒が効果を発揮したのだ。すぐさま立ち上がったカイは毒刃でその魔物を仕留める。
「ようやく一体目……!」
その光景を目の当たりにした残りの四体は、ピタリと動きを止め、困惑したような鳴き声を上げた。
と、次の瞬間——
「しゃがんでください、カイさん」
リーナが冷静な口調で言い放ち、詠唱を終える。
「《氷炎連弾》」
リーナの詠唱と共に、杖の先に浮かび上がる四つの蒼白く煌めく球体。まるで空気が張りつめたように、重く静かにそれは空中を漂っていた。
杖から放たれると、ピクシーフォックスたちに向かって一直線に飛んでいく。魔物たちは慌てて逃げ出そうとするが、時すでに遅し。弾が直撃した瞬間、凍てつく冷気の爆発が巻き起こる。次の瞬間、そこに残っていたのは、今にも動き出しそうな姿で凍りついた四体の氷像だった。
だが、リーナは止まらない。
「《四連火弾》!」
今度は炎の弾が連続して放たれ、凍結したピクシーフォックスに追い打ちをかけるように爆発が起こる。もはや原型すら残っていない残骸を見て、カイは思わず苦笑した。
「……完全にオーバーキルだろ。リーナ、怒りすぎじゃね?」
リーナは涼しい顔で「悪戯をする悪い魔物には、しっかりお仕置きしないと……」とだけ言い、服を払って立ち上がった。




