迫る影と鍛錬の日々③
それからおよそ一週間、カイは毒の制御と硬化の訓練に没頭した。日に日に精度は上がり、《毒刃》《毒鎧》ともに、短時間での展開が可能になりつつあった。十分な手応えを感じたカイは、ついに実戦で試す決意を固める。
「なあ、リーナ。そろそろ、例の新技……試してみたいんだけどさ」
カイの申し出に、リーナは即座に頷いた。
「はい、ちょうど私も魔法を試したかったところです。DかCランクの依頼なら、ちょうどいい相手かもしれませんね」
「おっ、それじゃあお互い練習ってことで。で、どんな魔法なんだ?」
「ふふ、それは秘密です」
にっこり笑ってはぐらかすリーナに、カイは肩をすくめた。
その日のうちにふたりはギルドで、近郊の森に出没する魔物の討伐依頼を受け取った。ランクはC。相手は“サーペントエイプ”という猿型の魔物で、獰猛な肉食性と異様に発達した尾が特徴だ。長くしなやかな尻尾は、まるで蛇のように自在に動き、ムチのような一撃を繰り出してくるという。
「サーペントエイプか。尻尾が厄介そうだな……」
「けれど、そこまでの強敵ではなさそうですね。初の実戦にはちょうど良いかと」
昼過ぎ、ふたりは準備を整えると森の入り口へと向かい、道なき道を進み始めた。普段から木々に囲まれたこの近郊の森は、低ランク冒険者の訓練にも使われる場所だが、森の奥へ進むほど、魔物の数も強さも増していく。
「森の奥に出るって話だったな……ん?」
依頼書の情報通り、茂みに踏み入ってしばらくすると、頭上の木の枝からゴソゴソと音が聞こえた。見上げると、黒ずんだ毛並みに鋭い牙、そして異様に長い尾をもつ魔物がこちらを見下ろしていた。
「サーペントエイプか……よし、試してみるか」
魔物が枝から飛び降り、地面に着地した瞬間、カイは右手に毒を集束させる。思い描くのは、日本刀のように細身の刃。そして、そこに麻痺毒を重ねる。
「《毒刃》!」
漆黒の刀身がその手に現れると同時に、カイは魔物へと駆け出した。
だが――。
「っぐあっ!?」
ズバァンッ!
サーペントエイプの長い尻尾が大きく回転し、まるで鋼鉄のムチのようにカイの身体を打ち据えた。まともにくらったカイは、木の根元まで吹き飛ばされる。
「カイさん!? 大丈夫ですかっ!?」
駆け寄ろうとするリーナに、カイは地面に手をつきながら立ち上がった。
「いてて……でも、大丈夫。見てみろよ、これ」
彼の装備――先日、防具職人ガインに作ってもらった特製防具には、かすり傷一つついていなかった。
「おおっ、すげえ……本当に無傷だ! ガインさん、マジで天才だな!」
心から感動するカイ。テンションを上げつつ、も再び敵との距離を詰めた。
今度は相手の尻尾の軌道を見極め、地を蹴って跳躍する。振るわれた尾をギリギリで回避し、カイの《毒刃》がサーペントエイプの腹部をなぞるように切り裂いた。
「ギギィィィィィ!!」
獣の悲鳴が森に響き渡った。魔物は飛び退き着地したところで、毒が効いたのかピタリと動きを止め、硬直する。
「効いてるな……よし、もう一つ試すか」
左手にも毒を集中させ、今度は溶解毒を刃に纏わせる。そして、刀を振るうと同時に声を放つ。
「《毒刃・飛閃》!」
シュバァッ!
緑がかった毒の斬撃が、刀から放たれたかのように空間を切り裂き、サーペントエイプへと飛翔する。それは実体を持たない斬撃というより、鋭く伸びる毒の液体の奔流だった。
斬撃は魔物の肩口に直撃し、ジュッと音を立てて肉を溶かす。
「ギイィィィィ……!」
サーペントエイプは絶叫をあげ、その場に倒れ込んだ。明らかに意識を失っている。
リーナが歩み寄り、驚いたように目を見開いた。
「今の……なんですか? 毒が、飛びましたよ?」
「うん、毒刃に液体毒を纏わせて、飛ばしてみたんだ。当たったからって斬れるわけじゃないけど……なんか、こう、斬撃が飛ぶってかっこいいじゃん?」
言いながら、カイは照れたように頬をかいた。
リーナは一瞬きょとんとしたあと、ふふっと微笑んだ。
「……ええ、確かに。かっこよかったです」
それは、確かな成長の証だった。




