迫る影と鍛錬の日々②
翌朝、カイとリーナは早くからノルデナ郊外の森に足を運んだ。とはいえ、ふたりが同じ場所で訓練するわけではない。
毒を扱うカイの訓練は、知らずに近くにいる者にさえ害を及ぼしかねない。そのため、一定の距離を置き、別々に鍛錬を行うのが、最近の二人の習慣となっていた。
カイは人気のない林の奥へと歩を進めると、深呼吸ひとつ。瘴毒巨屍との戦いで習得した技――《瘴毒霧》を試みた。
「……っし、行くぞ」
体内の毒素を解放するように意識すると、カイの全身から紫がかった濁色の霧が立ち上った。地面を這うように、そして空気に溶け込むようにじわりと広がる、見るからに不穏なそれは、まさに“瘴気”と呼ぶにふさわしい。
カイは慎重に腕を動かしてみたが、霧は自身から離れた途端、風に流されてしまう。意志で動かしたり、形を保ったりすることはできず、ただ広がるばかりだった。
「……これじゃ、制御できないな。攻撃というより、設置型の牽制用か?」
もう少し応用が利かないかと考えた末、今度は《瘴毒霧》を一点から圧縮して噴出するイメージで掌を構えた。そして、思い切り解放する。
「――うおっ!」
ドシュゥゥッ!
音を立てて噴き出した霧は、前方の木々を一瞬で紫に染め上げた。形容するなら、まるでワイバーンのブレスのような放射状の毒霧だ。破壊力は申し分ない。
「なるほど、スプレー式……ってことか。これは使い所次第だな。……仲間が近くにいたらシャレにならないけど」
そう苦笑しながらも、可能性の広がりに確かな手応えを感じた。
次にカイが取り組んだのは、“毒の硬化”。かつて一度試みて失敗した応用だ。今ならできるかもしれない――そう信じて、指先から毒を流し、意識を集中させる。
形状は――刃。扱いやすい長剣をイメージしてみる。
「……!」
じわりと毒が収束し、半透明な黒紫の物質が形成された。硬化の度合いは以前より明らかに高く、指で叩くとコツコツと音を立てた。しかし、それでも実戦で使えるほどの強度はなく、すぐに砕けてしまう。
「まだだな……」
思った以上に毒の消費量も激しく、カイは息を吐きながら地面に座り込んだ。その日はそのまま訓練を打ち切ることにした。
だが、カイは諦めなかった。そこから三日間、彼は同じ訓練を繰り返した。毒の硬化は、毒の消費量と形状の明確なイメージが鍵だと気づき、ある日ふと、“鍔のない日本刀”のようなシンプルな形を思い浮かべた。
(《毒刃》……これでどうだ!)
そう心の中で呟きながら、毒を一点に収束させる。すると、かすかに揺らぎながらも、漆黒の刀身が彼の掌に現れた。柄は短く、刃は脇差ほどの長さだが、刃文のような紫の揺らぎが浮かぶ。明らかに、以前よりも鋭く、そして強固な仕上がりだった。
「おお……やった!」
まだ試作品と呼べるレベルだったが、それでも“使える武器”として成立している。ひとまず成功だった。
ーーその後、カイはふと考える。
毒の硬化は武器だけでなく、防御にも使えるのではないかと。
すぐに試してみると、身体の表面に毒を纏わせて硬化させることに成功。全身を覆う、黒紫の鎧のようなものが形成された。
「……《毒鎧》、ってとこか。これはいける!」
拳を握るたびにパキパキと音を立てる“毒の装甲”は、魔法とは異なる異質の存在感を放っていた。だが問題は明白だった。展開に時間がかかり、そして毒の消費量が多すぎる。戦闘中、何度も展開できるような代物ではない。
「もっと速く、もっと薄く……継続使用できるくらいには、毒の制御精度も上げないとな」
そう呟いて、カイは再び毒を掌に呼び寄せる。
一歩進めた実感はあった。けれどそれは、まだまだ道の途中だということも、はっきりと教えてくれた。




