迫る影と鍛錬の日々①
グランツの街からノルデナの街に戻ると、カイとリーナは真っ直ぐギルドへと向かった。道中こそ雑談を交わしていたが、ギルドの扉をくぐる頃には二人の表情からは笑みが消えていた。。グランツでの出来事は、どう考えても報告なしで済ませていい類の話ではない。
「バルドさん、今お時間よろしいですか?」
受付を通さずに事務室を訪ねると、椅子に腰を下ろしていたバルドはすぐに顔を上げた。険しい眼差しは、すでに何かを察しているようだった。
「おう。……何かあったな?」
カイはうなずき、部屋の隅にある簡素な椅子に腰掛けながら、グランツでの一連の出来事を順を追って説明していく。黒いローブの男との遭遇、毒の魔物との戦闘、ユリスの裏切り、そして彼が召喚士であったこと。
バルドの顔色が、報告を重ねるごとに険しさを増していった。
「なるほどな……ユリスが裏切り者だったか。。あのパーティでユリスだけが生き残ったって話には、何か引っかかってたんだがな」
腕組みをしながら、バルドは低く唸った。
「黒ローブの男――召喚士ってのも厄介だ。ヴェノムジャイアントを単独で使役できるなんて、並みの実力じゃない」
「やっぱり、組織的な動きでしょうか?」
カイが問う。
「ああ、ほぼ間違いねぇ。というのもな……隣国のいくつかの街でも、似たような異常が報告されている。毒を纏った魔物の急激な増加、変異種の目撃、そして……錬金術師の失踪事件だ」
「失踪……?」リーナが眉をひそめる。
「ああ。まだ確定じゃねぇが、少なくとも三人の錬金術師が行方不明になってる。そのうちの一人は毒の知識に長けていたらしい。偶然とは思えねぇよな」
その言葉に、カイとリーナは互いに顔を見合わせる。ギルドの外では風の音が、まるで警鐘のように不気味に鳴っていた。
「……俺たちが調査に行ったほうがいいですか?」
問いかけたカイの声は落ち着いていたが、その奥にある焦燥は隠せなかった。隣国の動きが、自分たちと無関係であるはずがないと直感していたからだ。
だが、バルドはゆっくりと首を振った。
「今はまだ動くな。お前らを無駄に危険に晒すつもりはねぇ。いずれ、大きな戦いになる。そのときに、お前らの力が必要になるんだ。だから今は――力を蓄えておけ」
その言葉には、重い現実と信頼が込められていた。
「訓練か……俺の毒操作も、まだまだ伸びしろがあるかもしれないな。」
カイは天井を見上げて小さく笑った。ほんのわずか前まで、自分の力が誰かの役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。それが今では、戦局を左右する戦力として数えられているのだから、人生わからないものだ。
「では、私も《氷炎》の安定化を目指します。まだ実戦で扱うには、やや不安定なので」
リーナもまた、静かに決意を口にする。彼女の瞳には、かつての不安や恐れの色はもはやなかった。あるのは、前へ進む覚悟だけだ。
バルドは満足げにうなずき、手元の書類に視線を落とした。「必要な資金や設備があれば、遠慮なく言え。ギルドとして、最大限支援する」
「はい!」
「了解です」
ギルドを後にし、二人は帰路についた。ノルデナの街は今日も穏やかに陽光を浴びている。けれどその穏やかさに甘える暇はなかった。二人には、やるべきことがあったからだ。
「さて……訓練の準備、始めますか」
「ええ。落ち着いてる時間なんて、今の私たちにはないみたいですね」
カイとリーナは顔を見合わせ、小さく笑うと、互いにうなずいて歩き出した。―― 次に訪れる嵐に備えて、今、を磨くのであった。




