最高の防具を探し求めて⑧
火山地帯から戻った翌日、カイとリーナは早速、グランツの職人街にあるガインの鍛冶工房を訪れた。中に入ると、ほどなくしてどすんどすんと重たい足音が響き、ガインが姿を現した。
「おう、お前ら……まさかもう戻ってくるとはな」
腕を組んだガインは、呆れと感心が入り混じったような表情を浮かべた。
「ミストライト鉱石に、ポイズンスレッドワームの糸……どっちも一筋縄じゃいかねぇ素材だ。それを一週間ちょっとで揃えてくるとは、大したもんだ」
「はは……俺たち、割とやる時はやるんで」
照れたように頭をかくカイを横目に、リーナも小さく会釈する。ガインは深く頷くと、手早く作業机の上を片付けて言った。
「よし、すぐ取りかかる。三日後にまた来な。そん時には仕上がってるはずだ」
こうして、カイとリーナは再びグランツの街で数日を過ごすことになった。カイは付与に必要な薬品や素材を集めに走り回り、特に毒耐性と防水効果のある植物や魔物素材を厳選して調達した。一方リーナは魔道具市で色々な珍しい魔道具を眺めたり、カイと連れ立って露店の串焼きやスイーツを食べ歩いたりと、束の間の平穏を楽しんでいた。
そして三日後。約束の時間にガインの工房を訪れると、すでに彼は入口で待っていた。
「よお、待ってたぞ」
中に招かれた二人が目にしたのは――壁際に並べられた、まるで芸術品のような装備一式だった。
胸当ては深い蒼を湛え、肩当てにはミストライト特有の結晶が繊細な光を放っている。下衣やマントにはポイズンスレッドの糸がふんだんに使われ、軽やかさとしなやかさを兼ね備えていた。
「……これ、本当に俺たちの装備か?」
思わず呟いたカイの声に、リーナも目を見開いて頷いた。
「とても……美しいです。まるで、宝石のよう」
ガインは鼻を鳴らすと、カイに向かって言った。
「さあ、あとはお前の仕事だ。付与の出番だろ」
カイは一瞬、顔を曇らせた。
「いや、その……このまま付与しちゃうと、色が変わるんだ。毒のせいで漆黒になっちゃうと思う。せっかく綺麗なのに、ちょっと申し訳ない……」
だがガインは、豪快に笑い飛ばした。
「バカたれ、装備は飾りじゃねぇ。大事なのは見た目じゃなくて、性能だ。遠慮なんざいらねぇ、全力でやれ」
その言葉に、カイは目を細めて微笑んだ。
「……ありがと、ガイン。じゃあ、見せてやるよ。俺の“仕事”を」
工房の一角に設けられた作業台に向かい、カイは慎重に素材を並べた。特殊な草から絞ったエキス、火山地帯で採取した鉱泥、ヒュージポイズンスライムの希少な粘液。これらを順番に塗布しては乾かす工程を繰り返していく。
粘液を一層塗り、乾かす。また塗り、また乾かす。その工程を十数回も繰り返した頃には、蒼く輝いていた装備は漆黒へと変化していた――が、そこには不思議な艶があった。ただの黒ではない。光の加減で、うっすらと紫の光が浮かぶような神秘的な質感だった。
「……なんだこれ。今までと、全然違う……!」
ガインが思わず声を漏らす。リーナも手を口元に当て、目を輝かせた。
「まるで、夜の空のよう……暗くて、美しくて、どこか怖い。でも、綺麗です」
カイもまた驚きを隠せなかった。思ったよりずっと、上品な仕上がりになったのだ。
「よし、じゃあ試してみようか」
その言葉とともに装備を身につけたカイは、拳に《溶解毒》をまとわせてみた。装備が焼ける気配は一切ない。むしろ、毒の膜は装備に吸いつくようにまとい、自由に形を変えながら動いていく。
「……完全に、耐えてる。それに、動きやすい。軽い!」
ガインは腕を組んで、どこか誇らしげに言った。
「上出来だな。……カイ、お前の付与も大したもんだ」
「ありがとう、ガイン。マジで助かった」
カイが深く頭を下げると、ガインはにかっと笑って答えた。
「お前らなら、いつでも歓迎だ。次に来るときは、また面白い素材を持ってこいよ」
こうして――カイとリーナは、凄腕の職人の手によって、毒にも負けず、魔物の爪や牙すらも弾く最高の防具を手に入れたのだった。