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毒の影を追え③

翌朝、カイとリーナは森の調査に向けて早々に出発した。ギルドでの準備は万端、地図に記された“黒の森”へと続く街道を進み、午前中のうちに森の入口へと到着する。空気は澄んでおり、毒の気配はまだない。あたりに見えるのは木々と小動物、そして――。



「カイさん、何か……来ます!」



リーナが指さした先、木立の陰から姿を現したのは二足歩行の大型魔物――オークだ。豚のような顔、分厚い筋肉の腕、そして二メートルはあろうかという巨体が、のっそりとこちらに歩み寄ってくる。



「よし、試してみるか。リーナ、少し下がってて」



カイは構えを取り、右手に毒を集中させる。粘性を持つ麻痺毒が延びていき、鞭のように形を変える。



「《毒鞭(ポイズンウィップ)》!」



カイの掛け声と同時に、毒の鞭がしなるようにしてオークの腹部へ叩きつけられた。鋭く裂けるような音が響き、オークの皮膚が裂けると同時に、肉体に入り込んだ麻痺毒が即座に効果を発揮した。



「グオアアアアァァァッ!!」



野太い絶叫を上げたオークは、そのまま膝を突き、全身を硬直させる。動きが止まったのを確認したカイは、右の拳に今度は別の毒――溶解毒をまとわせた。深緑の毒が拳を覆い、仄かに湯気を立てる。



「《毒の籠手(ポイズンガントレット)》!」



猛然と駆け寄り、硬直したオークの腹部に思い切り右ストレートを叩き込む。拳がめり込み、毒が肉体を内部から融かしていく。オークの巨体が痙攣し、やがて倒れ伏した。



「す、すごいです……新技、完璧に決まってましたね!」



リーナが感嘆の声を上げると、カイは拳を振って毒を振り払いながら、満足げに微笑んだ。



「まだ改良の余地はあるけど、実戦でも十分使えそうだな」



その後も調査を続けながら森の奥へと進んでいくが、次第に空気に変化が現れ始める。湿り気と瘴気のようなものが混じり、呼吸をするだけでどこか喉の奥がひりつくような感覚が広がる。



「この空気……毒の気配がします。間違いありません」



リーナが警戒を強めた瞬間、前方の茂みからガサリと音がして、六つの影が姿を現した。



 黒い毛並みに覆われ、紫色の光を宿した鋭い眼光。牙をむき、殺意を滲ませる六体の魔物――毒牙狼(ヴェノムファング)だ。



「っ、六体……!?」



 カイが思わず息を呑む。ヴェノムファング――かつては銀毛の美しい銀牙狼シルバーファングと呼ばれた魔物の変異種。本来Cランクの魔物であるはずが、変質によってその存在は異質なものへと変貌していた。



「私に、任せてください」



 リーナが前へ出ると、静かに詠唱を始める。その周囲に、赤く光る六つの球体――圧縮された火球が浮かび上がった。



「《六連火弾》!」



彼女の叫びとともに、六つの火球がヴェノムファングめがけて飛び出す。魔物たちは俊敏に動いて回避しようとするが、火球は空中で軌道を変え、追尾するようにしてそれぞれの魔物へ命中――。



バゴォオオオン!



凄まじい轟音と共に、爆発が次々と巻き起こる。周囲の木々が吹き飛び、土煙が巻き上がり、熱風が草を焼く。炎と衝撃波が森の静寂を打ち砕いた。煙が晴れると、そこには丸焦げになったヴェノムファングの残骸が六体、転がっていた。



「……な、なんだよ今の魔法!? 見たことも聞いたこともないぞ!?」



目を見開いたカイの反応に、リーナは胸を張って微笑んだ。



「私が考えた魔法ですから」



「考えたって……お前、ファイアボールを六個同時に出して、しかも全部追尾させたのかよ……?」



「はい。ファイアボールの方が火力は出ますが、単体にしか撃てないので、いっそのこと六個作って全部に追尾つけちゃえばいいやって」



リーナはさらりと言ったが、その行為は普通の魔法使いであれば文字通り“脳が爆発”するほどの集中力と魔力制御を要する超絶技巧だ。



「……リーナも十分、化け物だよ……」



呆れとも賞賛ともつかぬ表情で呟くカイに、リーナは嬉しそうに笑みを浮かべた。


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