毒の影を追え②
数日後、カイとリーナは再びバルドに呼び出された。応接室に入ると、バルドが簡潔に要件を伝えてきた。
「隣街のグランツから正式に依頼が来た。お前たちにあの森の調査を頼みたい」
それだけを告げると、彼は封筒を手渡し、地図上の目的地を指し示す。毒の魔物が現れたという、未踏の森だ。依頼を受け取ったカイたちは、その日のうちに隣町グランツへと出発した。
数日後、目的の街へと到着したカイとリーナは、そのままギルドへと足を運んだ。都市の規模こそ大きくないが、門構えや施設の整備はしっかりしており、地元の冒険者たちの活気も感じられる。
「いらっしゃいませ。ご用件は……あ、カイさんですね。お待ちしておりました。ギルドマスターが応接室でお待ちです」
受付嬢に案内され、カイとリーナは静かな廊下を進んだ。扉を開けて通された応接室には、すらりとした長身の女性が立っていた。
黒髪のロングヘア、切れ長の瞳、鋭さと冷静さを併せ持つ雰囲気。その場の空気を一瞬で引き締めるような存在感を放つ彼女は、ゆっくりとカイに視線を向けた。
「お前が……ワイバーンを退けたという、噂の"英雄"か」
「はい。……はじめまして。カイといいます」
「私はシエラ。グランツ支部のギルドマスターだ。バルドから、色々と聞いている。毒に相当詳しい冒険者がいると」
彼女はソファに腰を下ろすと、手元の書類を一瞥してから、視線を戻した。
「件の森――“黒の森”と呼ばれている地域だが、まだまともに調査できていない。Bランクのパーティが壊滅する程の毒に耐性のある冒険者はいないからな。そして、黒いローブの人物が毒の魔物を使役していたらしい」
カイは静かに頷いた。バルドからも聞かされていた内容だが、やはり現地でもその情報は裏付けられているようだった。
「確認されている魔物は、毒牙狼と、毒角牛。だがどちらも、聞いたことのない魔物だ。文献にも、通常個体が毒を使う記録はない」
「ということは……変異種ですか?」
リーナは湿地の事を思い出しながら尋ねる。
「その可能性が高い。スライムの変異種と同じく、通常種から毒性を獲得した“何らかの影響下”にある個体だ。だが問題は、これが自然な進化とは思えないことだ」
シエラは眉をひそめ、声を低くした。
「これが偶然ではなく、人為的に“毒の変異”を引き起こしているとすれば――何者かが意図的に魔物を作っているということになる」
「……召喚士か、錬金術か、あるいは……」
カイの目がわずかに鋭さを帯びる。毒を操る者が、自分以外にも現れた。しかもそれが、魔物すら変質させているとすれば、尋常なことではない。
「その森で何が起きているのか、調査してきてほしい。討伐も任せたいが、最優先は情報だ」
「了解です」
リーナも頷き、静かに背筋を伸ばした。空気は重い。だが、二人の表情に迷いはなかった。




