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毒の影を追え①

ギルドでの話し合いを終え、帰ってきたカイとリーナは、いつものように自宅の扉をくぐった。ささやかな木造の家だが、帰ってくるとホッとする場所だ。カイが靴を脱ぎながらため息をつくと、隣ではリーナが静かにローブを脱いでいた。



「お疲れ様です、カイさん。わたし、お茶の準備をしますね」



「ああ、頼む。……でも、今日のんびりしてる暇はなさそうだな」



紅茶の香りがふわりと漂いはじめた頃、カイはリーナの背中に向かって話しかける。



「リーナ、ちょっと頼みたいことがあるんだ。付き合ってくれるか?」



「もちろんです。何をすればよいのですか?」



「新技の開発に協力してほしい。実戦で通用する、俺のユニークスキルの応用……もう少し形にしておきたいと思っててさ」



そう言うと、カイは右手を前に突き出す。指先に意識を集中すると、紫がかった液体を生成した。



「今から森に行こう。リーナの意見も聞きたい」



「了解です。すぐに準備するので少々お待ちください!」



リーナは熱々の紅茶を一気に飲み干し、エプロンを外し、愛用のローブに着替えると、わずか二分で戻ってきた。そして二人は街はずれの訓練にちょうどいい森へ向かった。



森に入ると、カイはリーナと距離をとり、木の一本を指さす。



「ここで試してみる。見ててくれ」



彼は深呼吸し、右手に拳を作る。そして、拳に深緑色の毒を纏わせた。溶解毒。対象に触れた瞬間に腐食を促す毒だ。



「少し下がっててくれ。飛び散るかもしれない」



リーナが頷いて3歩下がったのを確認すると、カイは思い切り拳を振りぬいた。

「《毒の籠手(ポイズンガントレット)》」



「バゴォ!」



と木にぶつかる音と共に、拳が当たった箇所から白い煙が立ちのぼる。腐食が一瞬で進み、拳の当たった位置はポッカリと穴が空いていた。



「わあ……すごい威力ですね。あの硬い樫の木に、あれほどのダメージを……!」



「うん。実用性はあるけど、問題はここからなんだ」



毒を拳に纏うまでに、ほんの数秒の集中を要する。その隙は、実戦では命取りになりかねない。



「今の段階だと、攻撃までが遅い。もっと速く、反射的に毒を纏えるようにしないと……」



そう呟いたあと、カイはリーナに振り向いた。



「何かアイデアがあったら聞かせてほしいんだけど。毒を使った技で、面白そうなやつとか」



リーナはほんの数秒考え、目を輝かせた。



「たとえば……毒で剣を形成できたら、格好いいと思いませんか? 攻撃手段も広がりますし、見た目も映えます!」



「毒の剣か……それは確かに面白そうだな」



さっそく試してみようと、カイは片手に毒を生成し、刀身をイメージして形を整えようとする。しかし、生成には大量の毒が必要なうえ、どうしても刀身がヘニョヘニョと柔らかく、すぐに折れ曲がってしまう。



「うーん……これなら普通の剣に毒を塗ったほうがいいな。硬さが足りない」



「毒の粘度を上げるとか、できたりしませんか?」



その一言にヒントを得たカイは、毒の性質に集中してみる。毒の粘度、つまりとろみや重さのような感覚に意識を向けると、微かに変化の手応えがあった。



「……おお、いける! 粘度の調整、できるみたいだ!」



だが、いくら粘度を高めても、刃物のような硬さには程遠い。今は粘度のような質感だ。だが、形状維持が先程より少し安定した。



「なんだか、剣というより……鞭みたいですね?」



「鞭か……なるほど、それなら!」



カイの目が輝いた。力で切るのではなく、しなやかに振るって毒を打ち込む。それなら多少の柔らかさは逆に利点だ。カイはその場で試行錯誤を始めた。毒の鞭がうねるように空を裂き、木の幹に叩きつけられる。鈍い音と共に、毒が染み込むように木肌が変色していった



「これは……使えるかもしれない。技の名前は――そうだな、《毒鞭(ポイズンウィップ)》ってところか」



その言葉に、リーナはぱちぱちと瞬きをし、素直な感嘆を漏らす。



「カイさんの毒の応用力、本当にすごいです。まさか本当に鞭にするなんて……」



リーナの目は輝いていた。彼女の純粋な驚きと喜びに、カイは少しだけ照れたように鼻を掻いた。



「リーナの発想がなかったら、気づかなかったかもな。俺だけじゃ思いつかなかった」



「ふふっ。では、私の手柄ということでよろしいでしょうか?」



「半分な」



二人の笑いが森の静けさに溶けていった。だが、カイの目はすでに次の応用を見据えていた――毒の形状変化、その可能性は、まだほんの入り口にすぎない。


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