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歓喜の影で、毒は育つ⑤

二週間におよぶ訓練がようやく終わった日のことだった。ギルドの訓練場でバルドから「着替えたらこのまま、俺の部屋に来い」と声をかけられ、カイとリーナはそのまま地上階へと戻ることになった。



階段を上がる足取りは重い。筋肉痛と打撲だらけの体に、ほんの少しの緊張が重なる。バルドがあんな真剣な顔で呼び止めてきたのは、初めてだった。



ギルドマスターの部屋の扉を開けると、そこにはすでにバルドが待っていた。今までのような冗談めいた雰囲気は一切なく、分厚い机に両肘をついて座るその姿は、まさにギルドを束ねる者そのものだった。



「――カイ。ヒュージポイズンスライムの報告に来た時、俺が言ったことを覚えているか?」



不意に向けられた問いに、カイはわずかに首を傾げながらも答えた。



「……人為的に作られた可能性があるって話、ですよね?」



「ああ、それだ」



バルドは静かに頷いたあと、机の上の地図を指でなぞるように撫でた。



「この二週間、ギガントワイバーン討伐の後に、巣の調査を冒険者たちに依頼していた。ワイバーンの襲撃に違和感を感じてな」



「何か……あったんですか?」



カイが身を乗り出すと、バルドの顔がさらに険しくなる。



「巣が、荒らされていた。ワイバーン同士の争いにしては不自然すぎる痕跡があった。決定的だったのは……巣の内部全体が、ワイバーンのものではない“別の毒”で汚染されていたという報告だ」



空気が一気に張り詰めた。リーナが眉をひそめ、カイはごくりと唾を飲む。



「誰かが、ワイバーンたちを街に襲わせるよう仕向けたってこと……ですか?」



「可能性は高い。少なくとも、自然の行動じゃない。ヒュージポイズンスライムの件といい、今回のギガントワイバーンといい――おかしなことが立て続けに起きすぎている」



バルドは重々しく言ったあと、机の引き出しから一枚の報告書を取り出した。



「そして……隣街のギルドから、もうひとつ気になる報告があった」



バルドは報告書を机に広げると、眉間に深いしわを寄せながら続けた。



「Bランクの冒険者パーティが、見たこともない毒で壊滅した。かろうじて生き残った一人の証言によると、依頼を受けて毒の魔物を討伐しに行った時、突然“黒いローブを着た何者か”が現れたらしい。しかも、見たことのない毒の魔物を連れてな」



「……毒の魔物を、連れて……?」



リーナが小さくつぶやいた。その言葉の重みを誰もが感じ取った。



「“人”が、毒の魔物を使役していたというのか……」



カイもまた、信じられないという顔を浮かべながら言った。



「確証はまだない。ただ、ここまでの流れを無視できる段階じゃない。これが偶然の重なりだと思う方が無理がある」



バルドはゆっくりと立ち上がると、二人に向き直った。



「……だから、お前たちに調査を頼みたい。カイ、リーナ。お前たち以外に、任せられる人間はいない」



強く、まっすぐな視線。バルドのその目を見て、カイとリーナはわずかに息を呑んだ。



「お前たちは、毒に関しては誰よりも知っている。そして、毒に立ち向かえるだけの力がある。危険な依頼になるかもしれんが……やってくれるか?」



しばらくの沈黙のあと、カイは静かに頷いた。リーナも隣で、迷いなく応じる。



「もちろんです。俺たちにできることがあるなら、やります」



「わたしも行きます。カイさんが行くと決めたのなら、迷いはありません。わたしの持てるすべての力で、お支えいたします」



二人の返答に、バルドはほっとしたような、それでいて誇らしげな笑みを浮かべた。



「……ありがとう。詳細は後で伝える。それまでに、体を休めておけ」



不穏な気配が、またひとつ、確かに姿を現し始めていた。



だがカイとリーナは、決して目を背けようとはしなかった。



次なる戦いの幕が、静かに、だが確実に上がろうとしていた――。


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