歓喜の影で、毒は育つ④
ギルド内の訓練場――地下一階にある広々とした石造りの空間。空気はひんやりとしているが、そこに立つだけで妙な緊張感が肌にまとわりつく。
「……あの、バルドさん。俺に、戦闘訓練をつけてほしいんです」
カイの申し出に、バルドは太い腕を組んでニヤリと笑った。
「最近の若い冒険者は、訓練なんて後回しで、とにかく依頼をこなせばいいって連中ばかりだ。そういう意味じゃ――お前の姿勢、気に入ったぜ」
渋い顔を装いながらも、口元が緩んでいるのがバレバレだった。
「ただし、俺の訓練は厳しいぞ。それでもやる覚悟はあるか?」
「……お、お願いします……!」
カイは正直ビビっていた。だが、自分の力のなさは誰よりも自分が理解している。毒がなければ、自分はCランクどころか、Dランクすら危うい。魔法は使えず剣も中途半端な自分に必要なのは“生き残るための”技術だった。
「よし、まずはお前の実力を見せてもらおうか。ほら、木刀だ」
バルドから木刀を受け取り、カイは両手で構え、慎重に間合いを詰めてから斬りかかった。が――
「なんだそれは、やる気あんのか……?」
「うぐ……!」
軽く剣を振っただけのバルドの反撃に、カイは簡単に弾かれた。思わずよろめき、木刀を落としそうになる。
「だから訓練お願いしてるんでしょ! こっちは本気なんですよ!」
思わず怒鳴るカイに、バルドは目を見開いたあと、少しだけ照れたように頭をかいた。
「そうか、そうだったな……悪かった。真面目にやるか」
そして、地獄のような日々が幕を開けた。
バルドは一切手加減をしなかった。木刀は重く、殴られれば痛い。ポーションがあるからと容赦なく打ち込み、時には剣で軽く斬りつけもした。それは訓練と呼ぶには過酷すぎた。まるで、戦場の中に放り込まれたような時間だった。
さらには「走ってこい」と言われ、ギルドの地下を何周も走らされ、膝が笑っても「まだいけるな」の一言でさらに続く。倒れてはポーション、また走り、殴られ、斬られ――そんな日々が続いた。
「……殺す気かよ……」
ギルドの床に転がり、息を切らしながらつぶやいたカイに、バルドは笑いながら水をかけてきた。
「安心しろ。殺しはしない。死にかけるだけだ」
バルドの言葉に絶望するが、それでもカイは諦めなかった。逃げたくなるたび、自分の無力さを思い出し、毒に頼るばかりの自分を見返したくて、歯を食いしばって立ち上がった。
そして一週間が過ぎた頃、訓練場の扉が静かに開いた。
「バルドさん。私も……訓練を受けさせてください」
立っていたのは、リーナだった。いつもと変わらぬ丁寧な口調ながら、その瞳には決意が宿っていた。
「え、えっ!? リーナが? 本気で!?」
カイが狼狽すると、バルドは少し驚いた顔をしたあと、にっこりと優しくうなずいた。
「ああ、リーナは歓迎だ。無理はさせないから安心しろ」
「なんで俺には“死にかけるまでまで”なんだよ! 不公平だろ!」
「お前は壊してでも鍛える必要がある。リーナは、壊すわけにはいかん」
「壊してでも鍛えるってどういうこと!?」
カイの叫びが響く訓練場。その日から、カイへの訓練はさらに激しさを増していった。




