毒を以て毒を制す④
「くそっ……ギガントワイバーンの毒はただの毒じゃなさそうだな。瘴気……いや、それ以上の、魔力を帯びてやがる」
カイが息を呑む。それは紛れもなく、“殺すための毒”だった。自分の毒耐性が、通じるかどうかもわからない。
しかし――
「このチャンスを逃すなッ!」
一人の若い冒険者がローブとポーションの効果を過信し、ギガントワイバーンへと突っ込んでいった。カイが止める間もなく、彼はまっすぐ巨体の懐へと迫る。
「やめろ、あれは――!」
その瞬間、ギガントワイバーンの口元に、異様な色彩の魔力が集まる。深緑と黒が混じり合い、渦を巻いた。
「……ブレスが来るぞぉお!!!」
ブォオオオオオッ!!!
毒の嵐が叩きつけられた。直撃を受けた冒険者は、一瞬で地に倒れた。ローブは焼け焦げ、肌には紫の斑点。絶叫と共にのたうち、痙攣しながら動けなくなった。
「無理だ……あんなの、勝てるわけがない……!」
「逃げよう……!」
冒険者たちの間に恐怖が広がり、後退する者も現れる。だが――
「下がりたければ下がれ。だが俺は退かん!」
バルドの怒声が戦場に響いた。ギルドマスターは一歩前に出ると、両手剣を構える。
そして。バルドが地を蹴る。その脚力は人間とは思えぬ速度でギガントワイバーンに迫り、豪快な斬撃を叩き込んだ。硬い鱗を砕き、肉にまで到達する一撃。巨獣が怒りの咆哮を上げた。
「……さすがギルドマスター。ちゃんと強かったんだな」
カイが呟く。
バルドから逃れるように空に舞い上がるギガントワイバーン。追い討ちをかけるようにリーナが杖を高く掲げた。
「ファイアーボール!!!」
閃光と共に放たれた火球が空中で炸裂し、翼の付け根に命中。バランスを崩した巨体が地に墜ちる。
「今だ!」
カイは即座に動いた。薬剤ポーチから大量の溶解液を、取り出し、ギガントワイバーンに近づき、狙いを定めて投げつけた。
「羽を、潰す……!」
命中した溶解毒がギガントワイバーンの翼を焼き、悲鳴のような咆哮を上げさせた。
「これでしばらく空は飛べないな……」
だが、次の瞬間。ギガントワイバーンがこちらを見た。眼光が鋭く細まり、口元に再び魔力が集まる。
「……くそっ!――ブレスかッ!」
カイは避ける暇もなく、それを真正面から受けた。肺に入り込む、腐蝕の瘴気。血の気が引き、指先が震え、感覚が鈍る。
「ヒュージポイズンスライムの毒を無効化できるくらい耐性を上げたのに……こいつの毒は、それより上なのかよ……!」
崩れ落ちそうになる足――そして、追い討ちをかけるようにギガントワイバーンの尾がうねり、槍のようにカイに向かって突き出された。
(……これは、ダメかも)
そう思い、カイが目を瞑った――そのとき。
ドンッ!
強い衝撃。カイの身体は何者かに突き飛ばされた。
「……え?」
目を開けると、視界に映ったのは血を流しながら立つ、バルドの背中だった。尾の一撃は、彼の腹部を深く貫いていた。
「お前が、倒れるには……まだ早ぇだろうが、バカ毒野郎……」
バルドの声は、かすれていた。




