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毒を以て毒を制す③

それは、報せ通り“三日後”の出来事だった。



早朝、まだ空に赤みが残る時間。静寂を破るように、町中に警鐘が鳴り響いた。高らかに、そして何度も繰り返されるその音に、人々は一斉に避難を開始する。避難訓練は既に済ませてあったため、住民たちは多少は慌てながらも、スムーズに決められたルートに従って地下避難所へと向かっていく。



その頃、町の正門前では――カイを含む冒険者たちが、戦闘の準備を整えていた。



「本当に……来たか」



空を仰いだカイのつぶやきに、冷たい風が応える。空の向こうから、黒い影がいくつも、ゆっくりとこちらへと向かってくる。毒霧をまとうそれらの影――ワイバーンの群れだ。その数、およそ三十……いや、四十を超えているかもしれない。



「みんな! 毒耐性ポーションを飲んでおけ! あと、解毒薬はすぐ使える位置に!」



カイが叫ぶと、冒険者たちは一斉に腰に下げた小瓶を取り出して中身を飲み干す。独特の苦味に顔をしかめる者もいるが、誰も文句は言わない。このポーションが命綱になることは、全員が理解していた。



「よし……全員、配置につけぇえぇッ!! 来るぞ!!」



吠えたのはギルドマスター・バルド。その声に冒険者たちは気合いを入れ、一斉に武器を構える。空を裂いて飛来したワイバーンの第一陣が、矢のように降下してきた。



「くっ……!」



鋭い爪と尾が唸り、口から吐き出される毒霧が大地を覆う。しかし、毒はすぐには広がらなかった。毒耐性布で作られたローブと、事前に摂取していたポーションが、冒険者たちを守っていた。



「おい、俺、今毒喰らったぞ!? でも……平気だ!」



「ポーション効いてる! カイのおかげだ!」



戦場の士気が少しずつ上がっていく。カイの評価が、仲間たちの中で確かなものとして積み上がっていった。



そして、戦場の喧騒の中、一人の少女が静かに前へと歩み出た。



リーナだった。新調された濃紺のローブが風を受けて揺れ、腰に携えた杖の装飾が朝日に反射して煌めく。その瞳は、かつての怯えを捨て去り、凛とした光を宿していた。



杖の先端に集束された魔力が、赤く灼けるように光り始める。周囲の空気が焼け付き、風が逃げる。



「……ファイアーボール!!」



轟音と共に、紅蓮の爆風が夜明けの空を焦がす。その一撃で、飛来してきたワイバーンの一体が一瞬で爆散した。



「な、なんだ今の……!? あの子、本当にDランクか!?」



「Bランクでもおかしくねえぞ! 化け物じゃねえか……!」



周囲の冒険者たちが口々に驚く。リーナは無表情のまま、「ありがとうございます」とだけ答え、次の詠唱に入っていた。



「……すげぇな、リーナ……」



カイは思わず口元を綻ばせる。誇らしさと焦りが同時に胸に去来した。



――俺も、やらなきゃ。



カイは腰の薬剤ポーチから一本の瓶を抜き取る。中身は、自ら調合した溶解毒。狙うは、空を舞うワイバーンの翼――



「……落ちろっ!!」


 

振りかぶって投げつけた瓶が直撃し、ワイバーンの翼の膜が一瞬で焼け爛れた。バランスを崩したワイバーンは、勢いよく地面に墜ちる。



「今だ、いけッ!」



カイの声に呼応して、冒険者たちが一斉に飛びかかった。鋼の剣が毒に焼かれた鱗を貫き、仲間たちの刃がその命を刈り取った。



その後も戦いは約一時間続いた。ワイバーンは次々と落とされ、冒険者たちは連携を取りながら応戦を続けた。犠牲はほとんど出なかった。毒耐性布とポーションのおかげで、全員が致命傷を避けることができたのだ。



「勝った……か?」



誰かが呟いたその瞬間――カイの背筋に、悪寒が走った。



「……違う。まだ、何か来る!」



叫びながら振り返ったカイの視線の先。森の奥から、異様な風が吹き抜ける。そして、木々をなぎ倒しながら、巨大な影が現れた。



「……あれは……」



その姿はワイバーンよりも二回りは大きい。鱗の一枚一枚が金属のように光り、頭部には二本の禍々しい角。尾の先端には、毒液を滴らせるトゲがいくつもついていた。



「《ギガントワイバーン》……!」



誰かが震える声でその名を口にした瞬間、場の空気が凍りついた。

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