毒を以て毒を制す①
重く湿った空気が、ギルドの会議室に張り詰めていた。昼過ぎ、バルドが机に地図を広げ、そこに数本の赤い線を引いた瞬間、その場にいた全員の顔が険しくなる。
「……これは確実な情報だ。北の山脈からワイバーンの大群がこの街に向かってきている。偵察隊が確認した数は三十から四十。早ければ三日、遅くとも四日で到達する」
その言葉に、ギルドに集められた冒険者たちはざわついた。ワイバーンはCランクに分類される強力な飛行魔物で、鋭い爪と槍のような尻尾、そして毒を含むブレスを持つ厄介な相手だ。
特にその毒性は強く、まともに浴びれば高ランク冒険者ですら命を落としかねない。しかも、それが「群れ」で来るというのだ。
バルドは一呼吸置いて、冒険者たちを見回した。
「悪いが、Dランク以上の冒険者は全員、出撃の準備をしてくれ。街を守れるのは――お前たちしかいない」
誰も言葉を返せなかった。かすかに誰かの唾を飲み込む音がした。中には眉をひそめ、床を見つめている者もいる。目を逸らす者すらいた。
それも無理はない。ワイバーン単体であればまだしも、群れともなれば討伐には死者が出る。それは誰もが知っている事実だった。
「……逃げたいなら、今のうちだ」
その時、ひとりの男が手を上げた。
「俺は行くぜ。ここで逃げたら、冒険者の名が廃る」
それを皮切りに、少しずつ他の者たちも立ち上がり始める。恐怖はある。だが、それでもこの街を守ろうとする強い意志があった。
カイは、リーナと並んでその様子を見つめていた。リーナはわずかに表情を引き締めながら、カイに小声で言う。
「これが……冒険者の覚悟、なのでしょうか」
「ああ。……だけど、このままじゃダメだ。俺にできることがあるはずだ」
そう呟いたカイの眼に、決意の色が宿った。毒を知り尽くした自分だからこそ、この危機に何かできる――と、確信していた」




