錬金術で一攫千金①
「なあバルドさん、あんなに過酷な場所だなんて聞いてないんだけど……!」
ギルドの応接室、カイはソファに沈み込んだまま、ぐったりと天井を仰いでいた。隣ではリーナが包帯を巻いた腕をさすりながら、こくこくとうなずく。
「あれ、どう見ても二人で行く依頼じゃなかったよ。災害級クエストとか名乗っていいレベルでしょ……」
「いや、まさかそんな化け物が出るとは思わんかったんだよ」
バルドは苦笑しながらも、報告書に目を落とし、真剣な顔をした。カイが提出した報告書には、詳細な毒の分布、スライムの出現経路、そして湿地の毒素濃度の変化などが緻密に記されている。だが、その中でも特に彼の目を引いたのは一行――**《ヒュージポイズンスライムを確認、撃破》**という記述だった。
「……ヒュージポイズンスライムか」
バルドは手元の報告書を閉じると、真剣な表情で顔を上げた。
「その名前を実戦で聞くのは、俺がギルドマスターになってから初めてだ。いや、正確には……何百年も記録がない」
「何百年って……そんなに?」
リーナが目を見開くと、バルドはうなずいた。
「スライム系統はな、基本的には雑魚だ。ただ、条件が揃えば――特に“毒性を持った個体”は、際限なく成長する。毒の魔物を喰らい、毒草を喰らい、瘴気に満ちた土地を喰らうことで、理論上、限界のない進化ができる。だが、その成長には膨大な時間か、もしくは“手を加えた誰か”の意図が必要だ」
「つまり、自然発生じゃない可能性があるってこと?」
カイの問いに、バルドはうなずいた。
「長年穏やかだった湿地に、いきなりあんなバケモノが湧くのは不自然だ。毒草も毒魔物も一気に増えてたしな……誰かが、あのスライムを人為的に育てて放った可能性がある。確証はないが、気をつけたほうがいい」
「うわ……なんか不穏な話になってきたな……」
カイが思わず身震いしたところで、バルドは手を叩いた。
「まあ、難しい話は置いといて。調査も討伐もご苦労だったな。報奨金は、特別手当を上乗せして出してやる。大盤振る舞いだ」
「やったー! これで当分は飯と実験材料に困らない!」
「それと、もう一つ。お前、いつまでもギルドの空き部屋で毒をいじってるんじゃねぇ。悪臭でクレームが止まんねぇんだよ。」
「え、マジで……?」
「ってことで、町の外れにある元職員用の古い家――誰も使ってないし、お前にくれてやる。もちろんタダだ。喜べ」
「いいんですか!? まじで!? ありがとうございます!」
バルドはぐいとカイの肩をつかむと、真顔で言い放った。
「ただし条件が一つ。冒険者ギルド全体が、お前の実験せいで臭ぇんだ。引っ越す前に、ちゃんとギルドを消臭してけ。職員からも冒険者からも“臭くて吐きそう”ってクレーム山積みだからな。なんなら隣の酒場の親父も怒ってたぞ。“臭くて酒が不味くなる”ってな」
「…………え、俺が消臭作業までやるの!?」
「当然だろ。原因はお前だ。さっさと消臭して出ていけ!毒バカ野郎!」
「毒バカ野郎って酷いな!……俺の実験、そんなに臭かったのか……」
「悪臭ギルドの汚名を返上できるかは、お前次第だな」
その後、ギルドの消臭作業は三日三晩行われた。




