毒霧に沈む湿地と、蠢く巨影⑤
ヒュージポイズンスライムが地響きを立てて迫る中、カイは腰の剣を抜き、勢いよく斬りかかる。しかし──
「……手応えがない!?」
剣が触れた瞬間、ぬめり気を帯びた粘液が刃を絡め取り、まるで水を切ったような感触だけが残った。追撃の投げナイフも、スライムの体内で泡を立てて溶けていく。
「私も行きます!」
リーナが詠唱を終え、ファイアーボールを放つ。続けて雷撃も浴びせかけるが、巨体のスライムはびくともせず、表面がじりじりと焼けるだけだった。
次の瞬間、スライムの体が膨れ上がる。そして──
「くるぞ、毒霧だ!」
ドォンッと腹の底から響く音とともに、広範囲に毒霧が噴き出される。顔を覆う装備でカイは耐えるが、リーナは霧をまともに吸い込み、よろめいて膝をつく。
「リーナ、大丈夫か!? 今すぐ下がって、解毒薬を飲め!」
だが指示を出したカイの視界を、鋭い毒液の飛沫が横切った。避けきれず、左腕にかすった瞬間、毒の耐性を施したはずの服が溶け激痛が走る。膝が抜け、片腕の力が奪われる。
「……溶解毒……!」
ヒュージポイズンスライムは、通常のポイズンスライムと桁違いの毒性を持っていた。剣も魔法も通じず、こちらは徐々に追い詰められていく。
「落ち着け……考えろ、俺……!」
歯を食いしばりながら、頭をフル回転させる。剣もナイフも効かない。魔法すら効果が薄い。
「……こいつ自体が毒そのものなら……!」
すぐさま荷物から解毒薬の小瓶を抜き出し、スライムの粘液に向かって叩きつけた。薬液が破裂し、スライムの体がびくりと跳ねた。
「効いた……!」
確信を得たカイは、立て続けに持っている解毒薬の半分以上をスライムに投げつける。そのたびにスライムは悶え、粘液の色が徐々に薄くなっていった。
「リーナ!」
駆け寄り、残っていた解毒薬を飲ませる。呼吸が整い始めたリーナが、薄く笑って言った。
「……あれを、やりましょう。私の魔法じゃ、あの大きさには効きません」
「俺たちの必殺技」か……やるしかないな」
「今撃てる最大火力のファイアーボールを放ちます。詠唱に時間がかかりますから、その間に準備を」
カイは無言で頷き、リーナが詠唱に入るのを確認すると、周囲を駆け回りながら爆薬液をヒュージポイズンスライムの足元の地面に円を描くように撒いていく。
「準備万端だ!」
その叫びに応じて、リーナの詠唱が完了した。
「ファイアーボール、最大出力──行きます!!」
轟音とともに、直径数メートルはあろうかという巨大な火球がスライム目掛けて撃ち放たれる。火球が爆薬液に触れた瞬間、眩い閃光とともに爆風が湿地を飲み込んだ。
カイはリーナを庇うように覆い被さり、衝撃波に耐える。やがて、耳鳴りの残る静寂の中、湿地を包んでいた毒の霧が晴れていく。
振り返ると、そこには──バラバラに吹き飛び、跡形もなくなったヒュージポイズンスライムの残骸。そして、その向こうには爆風で吹き払われた空が広がり、まるで戦いの終わりを告げるように、穏やかな夕日が湿地を黄金色に染めていた。




